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春秋花壇

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「神が許してくださっているのだから、自分を過度に裁かないで」

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「神が許してくださっているのだから、自分を過度に裁かないで」

長老兄弟の言葉は、集会所の小さな会堂に静かに響いた。日曜の礼拝には、彼女のように過去に囚われた者たちが集まっていた。高橋麻衣(たかはし まい)は、その言葉を心の中で何度も繰り返していたが、どうしても受け入れることができなかった。

彼女は深いため息をつき、集会所の窓から差し込む淡い光をぼんやりと眺めた。数ヶ月前、麻衣は自分の過去の過ちから逃れようと、何度も神に許しを乞うためにこの集会所を訪れていた。しかし、そのたびに胸に重くのしかかる罪の意識は消えることがなかった。

「許される資格なんて、私にはない」

彼女は自分を責め続けることで、何とかバランスを保っていた。学生時代のあの事故。ほんの一瞬の気の緩みが、最も大切な友人の命を奪った。その日、麻衣は友人と共に車で山道を走っていたが、カーブを曲がりきれずに事故を起こした。友人は亡くなり、麻衣だけが生き残った。

その後、警察の調査で彼女の過失は認められず、法的な罰もなかった。しかし、彼女の心の中では、ずっと自分を責め続ける声が鳴り響いていた。「私のせいで彼女は死んだ。私は幸せになる資格なんてない」。友人の家族も、表向きは麻衣を責めることはなかったが、その悲しげな目は、彼女の罪悪感をさらに深めるばかりだった。

「神様は、あなたを裁いていない。だから、自分を許しなさい」

そんな長老兄弟の言葉が本当に心に届く日が来るのだろうか。麻衣は何度も自問自答していた。彼女が神に祈るたび、その祈りはどこか虚ろだった。自分を許せないままでは、神の許しも意味をなさないように思えてならなかったのだ。

ある日、聖書研究の集会の後に集会所を出ようとした麻衣は、同じく参列していた一人の年配の女性に声をかけられた。

「こんにちは。最近よく見かけるけど、いつも何か悩んでいるように見えるわ」

その女性は、優しい微笑みを浮かべていたが、どこか深い悲しみを抱えたような目をしていた。麻衣は少し驚きつつも、誰かに話を聞いてもらいたい気持ちが勝り、口を開いた。

「実は……私は、ある過去の出来事から抜け出せずにいます。神様に許しを願っても、自分を許せなくて……」

女性は静かにうなずき、麻衣の話を聞いていた。彼女がすべてを打ち明けると、女性はそっと手を差し出して、麻衣の肩に優しく触れた。

「私も同じよ。私も大切な人を失ったことがある。でも、少しずつわかってきたの。神様が私を許してくださるというのは、過去を忘れることではなく、過去を抱えたままでも生きていける力を与えてくださることなんだって」

その言葉に麻衣は少しだけ驚いた。彼女が抱えている罪悪感を理解してくれる人が、この世界にいるとは思っていなかったからだ。彼女はじっとその女性を見つめ、その目の奥に、長い時間をかけて乗り越えてきた痛みがあることを感じた。

「でも、どうすれば……どうすれば自分を許せるようになるんですか?」

麻衣は、抑えきれない涙をこぼしながら問いかけた。女性はゆっくりと微笑み、優しく答えた。

「それは、一歩ずつよ。神様の許しを感じることも大切だけど、もっと大切なのは、自分を少しずつでも受け入れること。あなたの心の中にある痛みや罪悪感を無理に消そうとしなくてもいいの。それがあなたの一部である限り、共に生きていけばいい。過去を変えることはできないけど、未来はいつでも作り変えられるわ」

その言葉を聞いて、麻衣は少しだけ心が軽くなった気がした。完璧に自分を許すことはできなくても、少しずつ前に進むことが許されるかもしれない。神の許しは、すぐに答えを与えてくれるものではなく、自分と共に生きていくための道を示してくれるものだと、少しだけ理解できたような気がした。

それからの麻衣は、毎日少しずつ自分を許す練習を始めた。過去を否定するのではなく、それを抱えながらも自分を裁かないで生きていくこと。それは決して簡単なことではなかったが、彼女はそれでも少しずつ、自分の人生に対して希望を持つことができるようになった。

神が許してくださるように、彼女もまた自分自身を許して、生きていくことを選んだのだ。








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