いとなみ

春秋花壇

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指先で描く恋模様

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「指先で描く恋模様」

静かな画室には、鉛筆が紙を走る音だけが響いていた。画家の青年、蓮(れん)は、キャンバスに向かって一心に絵を描いている。指先がまるで踊るかのように繊細に動き、絵が徐々にその輪郭を帯びていく。その横顔は真剣そのもので、目の前のキャンバスに全てを注いでいるのが伝わってきた。

モデルとしてそこに立っていたのは、美術学校で同じクラスの志保(しほ)。大人しげで控えめな雰囲気の彼女は、長い髪を一つに束ね、どこか不安そうに蓮の筆の動きを見つめている。彼女にとってモデルの役目を果たすのはこれが初めてで、動かずじっとしていることも少し緊張を感じさせていた。

「もう少しだけ、あと少しで仕上がるからね」と蓮が静かに告げると、志保は頷き、小さく微笑んだ。彼の温かい声に励まされ、緊張が少しだけほぐれる。

蓮と志保が初めて出会ったのは美術学校のアトリエだった。クラスは違えども共通の友人を通じて知り合い、互いに少しずつ距離を縮めていった。志保は蓮の大胆な筆使いに憧れを抱き、いつか彼のような表現力を持ちたいと密かに思っていたが、どこか一線を越えられずにいた。

「…こうして描かれるの、ちょっと恥ずかしいね」と、志保はつぶやいた。顔が熱くなるのを感じながら、視線をキャンバスに移すが、その目はすぐに蓮の真剣な横顔へと戻ってしまう。

「恥ずかしい?でも、僕はこうやってモデルをしてくれる志保がとてもありがたいんだ」と蓮は微笑みを浮かべた。「君が持っている優しさが、絵に染み出てくるようで、すごく助かってる」

その言葉に、志保は驚きと喜びの入り混じった表情で蓮を見つめた。普段は冗談めいたことばかり話す蓮が、こんな真剣な表情を見せることは稀で、そのギャップにドキリと胸が高鳴った。

蓮の筆はさらに力強く、しかし繊細に紙の上を走り続け、ついに彼の指先が最後の線を描き終えた。

「…完成だ」蓮が立ち上がり、キャンバスを軽く持ち上げて志保の目の前に差し出す。

志保はその絵を見て思わず息を飲んだ。そこには、自分でも気づかなかったような表情が映し出されていた。瞳の奥に潜む繊細さや内に秘めた熱い想いが、蓮の筆によって見事に描き出されている。

「私…こんな顔してたんだ」と、志保は呟き、指先でそっと絵の自分の頬に触れた。見つめていると、描かれた自分が今にも話しかけてくるような錯覚に陥る。

「そうだよ、志保はいつもこんな表情をしているんだ」と蓮は軽やかに言いながら、志保の表情をじっと見つめる。「君は気づいていないかもしれないけれど、僕にはいつもこう見えるんだ」

志保は心臓が高鳴るのを感じ、言葉が出てこなかった。ただ、自分の感情を見透かされたような蓮の言葉に、胸の奥が温かくなる。

その後、二人はしばらく絵のことについて語り合った。志保は蓮が描いた自分の姿に感動し、蓮もまた、彼女の反応に心を満たされているようだった。気がつけば、画室には夕暮れが差し込み、オレンジ色の光が二人を柔らかく包み込んでいた。

「ありがとう、志保。君がモデルをしてくれたおかげで、僕はまた一つ成長できた気がするよ」と、蓮が小さな微笑みを浮かべた。

志保は蓮の言葉に少し照れながらも、心から嬉しそうに微笑んだ。「私も、なんだか少し自信がついたかも。蓮君に描いてもらったおかげで、自分が少しだけ好きになれた気がする」

二人は夕暮れの中、しばし静かに視線を交わした。言葉はなくとも、お互いの心が通じ合っているのを感じた瞬間だった。やがて志保はそっと手を伸ばし、蓮の指先に触れた。その瞬間、蓮は驚いたように彼女を見つめ、二人の間に柔らかな笑みが浮かんだ。

蓮の指先が志保の指に触れる。画家としての自分の世界に閉じこもっていた蓮にとって、その触れ合いは何よりも新鮮で、彼女の温もりが心の奥底にじんわりと沁み込んでいくようだった。

「これからも…私を描いてくれる?」志保が小さな声で問いかける。

蓮は優しく頷いた。「もちろん。志保がいてくれる限り、僕はいつまでも描き続けるよ」

それは、二人の間に生まれた新しい約束であり、恋の始まりの瞬間だった。









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