いとなみ

再婚の誘い

「再婚の誘い」

ヘンリエッタは学園の卒業を半年後に控えた、晴れ渡る昼下がりのこと。広大な庭園で友人たちと共に過ごしていたその日、彼女のもとに一通の手紙が届いた。封を開けると、金色の封蝋が輝いており、その中央には王家の紋章が刻まれていた。そんなものが来るなんて、どんな冗談かと思った。

「第二王子殿下からの手紙？」

ヘンリエッタは呆気に取られながらも、手紙を広げる。中に記されていたのは、王国の第二王子、アレクサンダー殿下からの婚約の申し込みについてだった。その内容は予想を超えていた。

「…まさか、私に？」

ヘンリエッタの胸は、驚きと共にわずかな不安でいっぱいになった。王家がなぜ、自分に目を向けたのか。しかも、その相手はなんと、彼女の元婚約者であるハロルドだった。

ハロルドとヘンリエッタは、かつて婚約を交わしていた。しかし、彼が他の女性に心を移した瞬間、婚約は破談となった。あの時の失恋は、ヘンリエッタの心に深い傷を残し、彼女の涙はもう干涸びてしまっていた。それ以降、彼女は決して涙を流さない強い女性になったのだ。

「こんな事があるだろうか…？」

心の中で疑問を抱えながらも、ヘンリエッタは冷静に手紙を再度見直した。アレクサンダー殿下からの依頼であり、どうやら彼が強く推し進めているようだ。その手紙には、「もう一度あなたと婚約を結びたい」と書かれていたが、その言葉に込められた真意をヘンリエッタは読み取ることができなかった。

「ハロルドが…？」

過去の痛みが一瞬で蘇る。彼が彼女を捨てた時、ヘンリエッタは心の中で誓った。二度と、誰のためにも涙は流さない。誰にも自分を支配させない、と思った。その誓いが今、どうしてこんな形で破られようとしているのか。

「もし彼が無理にこの婚約を推し進めるのであれば、私は修道院にでも駆け込んで、決して言うがままにはされませんわ。」

そう心に決めた瞬間、彼女は再び手紙を手に取った。その内容には、彼の手を取って共に新しい未来を築くことができるという言葉が並んでいたが、それはヘンリエッタにとってまるで空虚な響きにしか聞こえなかった。

その後、ヘンリエッタは王宮で行われる舞踏会に招待されることとなった。アレクサンダー殿下が主催するその舞踏会は、王族や貴族たちが集まる華やかな宴だった。しかしヘンリエッタは、その場に足を踏み入れる気には到底なれなかった。彼女の心の中にあるのは、かつてのハロルドへの失望と、今もなお消えぬ怒りと憤りだった。

舞踏会の日、ヘンリエッタはそれでも足を運んだ。華やかなドレスに身を包んだ彼女は、他の女性たちと同じように輝いていたが、どこか冷たい印象を与えることになった。彼女の目線の先に、ひときわ目立つ存在があった。王太子アレクサンダー殿下だ。

彼は、サーモンピンクの王族の衣装に身を包み、堂々と立っていた。だが、その目はどこか険しく、どこかを探し求めるように揺れていた。彼は、ヘンリエッタを見つけると、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「ヘンリエッタ、お久しぶりだね。」

アレクサンダー殿下の声は、まるで何事もなかったかのように落ち着いていたが、ヘンリエッタはその声に一瞬だけ、わずかな違和感を感じた。

「殿下、お久しぶりです。」

ヘンリエッタは冷たく答えた。その返事に、アレクサンダー殿下は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにそれを押し隠し、にこやかに微笑んだ。

「実は、君にお願いがある。」

彼の言葉に、ヘンリエッタの胸が一瞬高鳴った。だが、今は彼の言葉に耳を貸すつもりなどなかった。何度も裏切られ、傷つけられてきた彼の言葉に、もう耳を傾けることなどできるはずがなかったからだ。

「お願いとは？」

ヘンリエッタは冷たく尋ねた。

「君にもう一度、ハロルドとの婚約を受け入れて欲しいんだ。」

その言葉に、ヘンリエッタの心が凍りついた。彼が言っていることが一体何を意味するのか、少しもわからないわけではなかった。しかし、彼女はその言葉に対して答えるつもりはなかった。

「どうぞ、ご自分の意志でお決めになってください。」

そう言い残すと、ヘンリエッタは一歩後退した。その場を離れようとしたが、アレクサンダー殿下の手が彼女の腕を掴んだ。

「ヘンリエッタ、私は君を放さない。」

その言葉が、彼女の心にどこか冷たいものを残した。