いとなみ

再会の夜

「再会の夜」

駅前の大通りを歩くと、冷たい冬の風が吹き抜け、心の奥に染み込むようだった。久美子は厚いコートに身を包んで足早に歩き、帰り道を急いでいた。彼と喧嘩別れしてからちょうど1年。二人で通ったこの道も、今では静かな思い出に変わっている。

あの頃の喧嘩は些細なすれ違いから始まった。仕事が忙しく、すれ違いの時間が多くなる中で、互いの気持ちが冷めていくのを感じていた。彼が「もっと会いたい」と言ったとき、久美子は「仕事が大事だから」とつい冷たい言葉を返してしまったのだ。感情がぶつかり合い、誰もが出したくないはずの結論へと至ってしまった。

久美子は何度も彼に連絡しようとしたが、心のどこかで「どうせ変わらない」と諦めていた。二人の生活はすっかり離れ、再び会うこともないだろうと思っていた。

その夜、久美子が最後に彼と一緒に見た映画館の前を通りかかると、ふと足が止まった。あの映画の内容はすっかり忘れてしまったが、並んで見上げたスクリーンの明かり、彼の隣で感じた体温の温もりが蘇ってきた。そして、気づけば、久美子の目の前にはその彼の姿があった。

「…拓也？」

お互い一瞬、驚いた表情を浮かべたまま動けずにいた。拓也もまた、ふとした帰り道でこの映画館の前を通り、立ち止まっていたのだ。

「久しぶりだね。こんなところで会うなんて、偶然だね。」

彼の声が少しだけ震えているのがわかった。久美子もまた、胸の奥に残った後悔と寂しさが一気に溢れてきて、言葉が詰まった。

「…元気だった？」

「ああ、元気さ。久美子は？」

「私も…まあ、なんとかね。」

どうしても素直になれない自分がそこにいる。それでも彼と話すことで、1年という月日の中でずっと心に抱えていたことを思い出していた。拓也と別れてから、いくつものことが変わった気がしていたが、目の前の彼の姿に、心の奥にまだ未練があることを認めざるを得なかった。

「今度、コーヒーでも飲みに行かないか？こんな寒い夜だし、温かいものでも飲んで話したい。」

彼が少し笑顔を見せながら言った。久美子は戸惑いつつも、うなずいた。

近くの小さなカフェに入り、ふたりはコーヒーを頼んだ。温かな香りが漂い、静かな店内で久美子の心も少しずつ落ち着いていく。目の前に座る彼の表情は柔らかく、昔の彼とはどこか違う優しさが漂っていた。

「本当にあの時はごめんね、久美子。自分ばかりが寂しいと思っていて、君の気持ちを考えてなかった。」

「私もごめん。仕事に必死だったけど、それが正しいと思い込んでた。あなたの言葉にちゃんと向き合おうとしなかった…」

二人は、何度も交わしたはずの言葉をようやく素直に口にできた。温かいコーヒーを飲みながら、久美子はふと手元に視線を落とし、昔のことを思い出していた。

「私、あの映画のラストをちゃんと覚えてないの。あの日、あなたと映画を見に行ったことだけ覚えてて。」

「実は俺もなんだ。君が隣にいたことが大切で、映画の内容なんてどうでもよくなってた。」

そう言って、拓也は少し照れくさそうに笑った。久美子も思わず笑みがこぼれる。あの頃の愛しさが蘇り、心の隙間が少しずつ埋まっていくのを感じた。

「もう一度、あの映画を一緒に観に行こうか？」

拓也の提案に、久美子は心の奥が温かくなるのを感じた。そして、今度こそは、お互いのことを少しずつ理解し合い、歩み寄りながら同じ時間を共にしたいと思った。

「うん、一緒に観たい。」

再び手をつないで歩く彼と一緒に、久美子は静かな夜の街を歩き出した。