いとなみ

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
1,091 / 1,193

ビター・スウィート

しおりを挟む
「ビター・スウィート」

初冬の冷たい風が吹き始める頃、さりげない約束が小川真理奈の心に大きな影響を与えることになった。

真理奈は大学で心理学を専攻し、将来はカウンセラーを目指していた。しかし、学業に打ち込むあまり、恋愛をする余裕はほとんどなかった。恋人というものがどんな存在かも実感できないまま、学生生活の最終年を迎えようとしていた。

そんな彼女の前に、ある一人の男性が現れた。名前は田辺昴(たなべすばる)。年齢は真理奈より10歳上で、彼は真理奈が通う大学で心理学の非常勤講師をしていた。真理奈は講義の内容がわかりやすく、彼の真摯な態度に惹かれた。昴は彼女の質問に丁寧に答え、真理奈の考え方に共感することが多かったため、自然と二人は親しくなっていった。

冬の夜、大学近くのカフェでコーヒーを飲みながら、昴は真理奈にこう言った。

「もうすぐ卒業だね。これからどうするか、決めた?」

「はい。でも、先生ほど経験が豊富じゃないので、まだ少し不安です。自分が本当にカウンセラーに向いているのか…」

「向いてるよ。君は人の話をちゃんと聞ける。そんな人は少ない」

その優しい言葉に、真理奈は心が温かくなるのを感じた。昴が自分の可能性を認めてくれたことが、彼女にとって大きな励みとなったのだ。

だが、その夜を境に、二人の距離は少しずつ変わり始めた。お互いが気づかぬうちに、ただの師弟関係を超え、心の奥底で別の感情が芽生え始めていた。だが、その想いは甘くはなく、どこか苦い後味を伴っていた。

数週間後、昴が大学を辞めるという噂が流れた。心の準備ができていなかった真理奈はそのことを知り、彼に思い切って尋ねることにした。

「先生、本当に大学を辞めてしまうんですか?」

昴は一瞬黙り込んだが、やがて小さく頷いた。「ああ。僕の研究が別の場所で必要なんだ。だから、新しい場所でまた挑戦してみようと思う」

「そ、そんな…」真理奈は心の中で感情が渦巻くのを感じた。昴が去るという現実が、彼女にとって想像以上に苦しいものだった。

「真理奈、君にはきっとこれからも素晴らしい道が待っているよ。僕のことは、ただの良い思い出として、少しだけ覚えておいてくれればそれでいい」

そう言って、昴は優しく微笑んだ。その微笑みは真理奈にとって温かくもあり、またどこか残酷でもあった。彼の言葉が「さようなら」を意味していることを、真理奈は直感的に理解していたからだ。

そして、彼が大学を去る日、真理奈は彼に最後の想いを伝えるべきかどうか迷っていた。踏み込んでいい関係なのか、ただの勘違いなのか、彼女は答えが出せなかった。それでも、彼女は彼の元に駆けつけた。

「先生、最後に一つだけ教えてください。あなたは、私に対して少しでも…」

昴は真理奈の言葉を遮るように微笑んで言った。「真理奈、出会えて良かったよ。君の成長を見ることができたのが、僕にとっての幸せだった」

それが彼の答えだった。

彼が立ち去った後、真理奈は駅のホームに一人立っていた。目の前には、彼が乗った電車が小さくなっていく。その時、彼女の目から涙が流れた。その涙は、甘さと苦さが混じり合った、不思議な感覚を彼女に残していった。

彼と過ごした日々は短く、そしてどこか切ないものだったが、それでも彼女にとってはかけがえのない宝物となったのだ。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

前後からの激しめ前立腺責め!

ミクリ21 (新)
BL
前立腺責め。

感情

春秋花壇
現代文学
感情

日本史

春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。 1. 現代社会への理解を深める 日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。 2. 思考力・判断力を養う 日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。 3. 人間性を深める 日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。 4. 国際社会への理解を深める 日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。 5. 教養を身につける 日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。 日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。 日本史の学び方 日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。 まとめ 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...