いとなみ

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
1,322 / 1,573

ビター・スウィート

しおりを挟む
「ビター・スウィート」

初冬の冷たい風が吹き始める頃、さりげない約束が小川真理奈の心に大きな影響を与えることになった。

真理奈は大学で心理学を専攻し、将来はカウンセラーを目指していた。しかし、学業に打ち込むあまり、恋愛をする余裕はほとんどなかった。恋人というものがどんな存在かも実感できないまま、学生生活の最終年を迎えようとしていた。

そんな彼女の前に、ある一人の男性が現れた。名前は田辺昴(たなべすばる)。年齢は真理奈より10歳上で、彼は真理奈が通う大学で心理学の非常勤講師をしていた。真理奈は講義の内容がわかりやすく、彼の真摯な態度に惹かれた。昴は彼女の質問に丁寧に答え、真理奈の考え方に共感することが多かったため、自然と二人は親しくなっていった。

冬の夜、大学近くのカフェでコーヒーを飲みながら、昴は真理奈にこう言った。

「もうすぐ卒業だね。これからどうするか、決めた?」

「はい。でも、先生ほど経験が豊富じゃないので、まだ少し不安です。自分が本当にカウンセラーに向いているのか…」

「向いてるよ。君は人の話をちゃんと聞ける。そんな人は少ない」

その優しい言葉に、真理奈は心が温かくなるのを感じた。昴が自分の可能性を認めてくれたことが、彼女にとって大きな励みとなったのだ。

だが、その夜を境に、二人の距離は少しずつ変わり始めた。お互いが気づかぬうちに、ただの師弟関係を超え、心の奥底で別の感情が芽生え始めていた。だが、その想いは甘くはなく、どこか苦い後味を伴っていた。

数週間後、昴が大学を辞めるという噂が流れた。心の準備ができていなかった真理奈はそのことを知り、彼に思い切って尋ねることにした。

「先生、本当に大学を辞めてしまうんですか?」

昴は一瞬黙り込んだが、やがて小さく頷いた。「ああ。僕の研究が別の場所で必要なんだ。だから、新しい場所でまた挑戦してみようと思う」

「そ、そんな…」真理奈は心の中で感情が渦巻くのを感じた。昴が去るという現実が、彼女にとって想像以上に苦しいものだった。

「真理奈、君にはきっとこれからも素晴らしい道が待っているよ。僕のことは、ただの良い思い出として、少しだけ覚えておいてくれればそれでいい」

そう言って、昴は優しく微笑んだ。その微笑みは真理奈にとって温かくもあり、またどこか残酷でもあった。彼の言葉が「さようなら」を意味していることを、真理奈は直感的に理解していたからだ。

そして、彼が大学を去る日、真理奈は彼に最後の想いを伝えるべきかどうか迷っていた。踏み込んでいい関係なのか、ただの勘違いなのか、彼女は答えが出せなかった。それでも、彼女は彼の元に駆けつけた。

「先生、最後に一つだけ教えてください。あなたは、私に対して少しでも…」

昴は真理奈の言葉を遮るように微笑んで言った。「真理奈、出会えて良かったよ。君の成長を見ることができたのが、僕にとっての幸せだった」

それが彼の答えだった。

彼が立ち去った後、真理奈は駅のホームに一人立っていた。目の前には、彼が乗った電車が小さくなっていく。その時、彼女の目から涙が流れた。その涙は、甘さと苦さが混じり合った、不思議な感覚を彼女に残していった。

彼と過ごした日々は短く、そしてどこか切ないものだったが、それでも彼女にとってはかけがえのない宝物となったのだ。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

妻と愛人と家族

春秋花壇
現代文学
4 愛は辛抱強く,親切です。愛は嫉妬しません。愛は自慢せず,思い上がらず, 5 下品な振る舞いをせず,自分のことばかり考えず,いら立ちません。愛は傷つけられても根に持ちません。 6 愛は不正を喜ばないで,真実を喜びます。 7 愛は全てのことに耐え,全てのことを信じ,全てのことを希望し,全てのことを忍耐します。 8 愛は決して絶えません。 コリント第一13章4~8節

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

かあさんのつぶやき

春秋花壇
現代文学
あんなに美しかった母さんが年を取っていく。要介護一歩手前。そんなかあさんを息子は時にお世話し、時に距離を取る。ヤマアラシのジレンマを意識しながら。

処理中です...