いとなみ

恋のリハビリ 婚約破棄のそのあとで

恋のリハビリ　婚約破棄のそのあとで

「大好きだったのに、どうしてこんなことになってしまったの？」冷たい風が吹く中、玲奈は思わず自分に問いかけた。婚約破棄を言い渡されたのは、先週のこと。まさか彼が別れを切り出すとは思ってもみなかった。

その日、二人でよく訪れたカフェの一角で、彼は静かに言った。「玲奈、俺たちの関係、考え直すべきだと思う。」その瞬間、彼女の心は凍りついた。何が起きたのか、理解できないまま、ただ彼の言葉を受け止めるしかなかった。

その後、彼は理由を語り始めた。お互いの将来に対する考え方の違い、彼の仕事が忙しくなり、関係を続ける自信がなくなったという。玲奈は涙を流すこともできず、ただ「そう」と返すのが精一杯だった。彼女の心には、大きな空洞ができていた。

数日間、彼女は会社にも行けず、友人からの電話にも応じなかった。冷蔵庫の中に残っている食材も気にせず、ただソファに寝転がっていた。自分が何をしたいのか、何ができるのかすら、わからなかった。

そんなある朝、ふとしたきっかけで友人の美咲から電話がかかってきた。「玲奈、ちょっと会おうよ。話したいことがあるから。」

美咲はいつも明るく、元気を与えてくれる存在だった。玲奈は一瞬ためらったが、その声に導かれるように、彼女との約束を受け入れた。

カフェでの再会。美咲は玲奈の様子を見て、心配そうな顔を浮かべた。「婚約破棄のこと、まだ引きずっているのね。」

玲奈は力なく笑った。「どうしようもないよ。彼がいなくなって、全てが終わった気がする。」美咲はその言葉を聞いて、優しく手を握った。

「でも、玲奈には他にも大切なことがあるじゃない。新しいスタートを切るチャンスだと思わない？」美咲の言葉に、玲奈は少しだけ心が動いた。

「チャンス……？」玲奈は考え込んだ。彼女は何か新しいことに挑戦する気力を失っていた。だが、気がつけば、美咲の存在が、彼女を前向きにさせる要素になっていた。

「そうだよ、まずは自分を大切にしなきゃ。何か始めてみようよ。気分転換になるかもしれないし。」美咲は、玲奈を少しでも元気づけようと提案した。

その日、玲奈は自分の趣味を思い出した。それは、絵を描くことだった。高校生の頃は毎日スケッチブックを持ち歩き、何気ない風景を描くのが好きだった。しかし、社会人になってからは、そんな時間を持つことすらできなかった。

「久しぶりに絵を描いてみようかな」と口に出すと、美咲は大喜びした。「それいいじゃん！私も手伝うよ。」

そうして、二人は近くのアートショップで画材を買い揃えた。玲奈は緊張しながらも、久しぶりの感触に心が躍るのを感じていた。自宅に戻り、画材を広げると、何かが彼女の中で動き始めた。

まずは簡単な風景から描き始めた。彼女は筆を走らせ、色を混ぜ、少しずつ形を作っていく。その瞬間、彼女の心の空洞が少しずつ埋まっていくように感じた。絵の具の匂いや、紙に触れる感触が、彼女を新たな世界へと導いてくれた。

数日間、玲奈は毎日絵を描くことに没頭した。以前のような楽しさが戻り、心の中に少しずつ明るい光が差し込んでいくのを感じた。美咲も彼女の変化を見て、「やっぱり、絵を描くのは玲奈に合っているよ」と言ってくれた。

ある日のこと、玲奈は思い切って自分の作品をSNSに投稿してみた。すると、思いもよらない反響があった。友人や知人からの温かいコメントが寄せられ、嬉しさと驚きで胸がいっぱいになった。

「もっと描いてみたい」と思う気持ちが芽生え、彼女は毎日スケッチブックを持ち歩くようになった。人々や風景を描く中で、自分自身を再発見していく。

数ヶ月後、玲奈は友人の美咲と共に小さなアート展を開くことを決めた。初めての挑戦だったが、彼女の作品が他の人々にどう映るのかが楽しみだった。

そして、展示会の日。自分の作品が並ぶ中、玲奈は緊張しながらも、周りの反応を楽しむことができた。そこには、彼女の人生の新たな一歩が詰まっていた。婚約破棄という傷が癒え、彼女は新しい自分を受け入れ始めていた。

「玲奈、素敵だよ！」美咲の声が耳に入る。彼女の言葉に背中を押され、玲奈は笑顔を浮かべた。「ありがとう。これからも描き続けるね。」

恋のリハビリを経て、玲奈は自分の人生の新しいページをめくり始めた。過去の痛みが彼女を強くし、新たな道へと導いてくれたのだ。