いとなみ

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
979 / 1,193

これが恋…… いやいやそんなはずはない

しおりを挟む
これが恋…… いやいやそんなはずはない

宮田遥は、夕焼けに染まる街並みをぼんやりと眺めながら、心の中でその言葉を何度も繰り返していた。

「これが恋……? いやいや、そんなはずはない」

そんな風に自分に言い聞かせながらも、胸の奥がざわついて止まらなかった。遥は29歳、仕事に追われる日々を送っていた。恋愛なんて、自分には縁のないものだと思っていたのだ。今までは恋よりもキャリアを優先し、男友達との関係も軽い友人付き合い程度にとどめていた。けれど、最近、彼女の心に大きな変化が訪れ始めていた。

その原因は、職場の後輩である中村颯太だった。颯太は5歳年下で、入社してからまだ2年ほどの若手社員だ。頼りない一面もあるが、やる気に満ち溢れ、失敗を恐れずに挑戦する姿勢が周りの同僚からも高く評価されていた。遥も、そんな彼の努力や誠実さには感心していた。だが、颯太が特別な存在になるなどとは思いもしなかった。

きっかけは、数日前のランチタイムだった。いつも通り社内の食堂で食事をしていると、颯太がふと彼女の隣に座り、気軽に声をかけてきた。

「宮田先輩、最近忙しそうですね。何か手伝えることがあれば言ってください」

「ありがとう。でも、大丈夫よ。自分の仕事で手一杯でしょ?」

遥は笑顔で返したものの、颯太の真剣な目つきに少し戸惑った。それまでの彼は、どちらかというと無邪気で、軽い冗談を交わすような関係だった。しかし、その時の颯太の言葉には、どこか大人びた頼もしさが感じられた。

「あの、先輩、いつも頑張っているのを見ていると、自分ももっと頑張らなきゃって思うんです」

その言葉に、遥の心がぐらりと揺れた。颯太が自分を見て、そんな風に感じてくれているなんて予想もしていなかったからだ。彼の言葉に、遥はただ「ありがとう」と短く返すのが精一杯だった。

それからというもの、颯太と話すたびに、遥の心は妙に落ち着かなくなっていった。彼の無邪気な笑顔を見ると、どうしようもなく胸がドキドキする。そしてふとした瞬間、彼の優しさや気遣いに気づかされるたび、遥は自分がどうしようもなく彼に引かれていることに気づき始めた。

「いや、そんなはずない。後輩だし、ただ尊敬しているだけ……」

遥は自分にそう言い聞かせた。けれど、颯太の存在が次第に心の中で大きくなっていくのを止めることはできなかった。

ある日、颯太が帰り際に突然こう切り出した。

「先輩、ちょっといいですか? 今日、少しだけ話がしたいんです」

遥は一瞬驚いたが、彼の真剣な表情に押されて頷いた。二人は近くのカフェに入り、静かに話し始めた。颯太は少し緊張した様子だったが、意を決して口を開いた。

「僕、宮田先輩のことが好きなんです」

その一言に、遥の心臓は一気に跳ね上がった。まさか、こんな展開になるとは夢にも思っていなかった。彼が自分に恋心を抱いているなんて、想像もしていなかったのだ。

「えっ……?」

遥は驚きのあまり、すぐに返事をすることができなかった。頭の中では否定しようとしていた。しかし、心のどこかでは嬉しさがこみ上げてくるのを感じていた。彼の告白が、まるで夢のようだった。

「でも、先輩が年上で、それに僕はまだまだ未熟で……だから、こんな気持ちを持つのは間違っているのかもしれない。でも、どうしても伝えたかったんです」

颯太は真っ直ぐに彼女を見つめ、その言葉に偽りがないことを示していた。遥はどう答えるべきか分からなかった。ただ、自分の気持ちを整理する時間が必要だった。

「……ごめん、ちょっと考えさせて」

それだけ言って、遥はその場を後にした。心の中は混乱していた。彼の気持ちを受け入れるべきなのか、それとも拒絶すべきなのか。年齢差や職場の関係、いろいろな障害が頭に浮かび、簡単に答えを出せるような状況ではなかった。

しかし、夜になり、一人ベッドに横たわりながら、遥は自分の本当の気持ちに向き合った。颯太のことが好きだという自覚が、静かに、しかし確かに心の中に広がっていった。

「これが恋……」

いや、もう否定する必要はない。確かに、これは恋だったのだ。遥はその事実を受け入れると同時に、心の中で何かが解放されたような気がした。

次の日、颯太に会った時、遥は少しだけ微笑んだ。彼もそれに気づき、緊張した表情が和らいでいく。

「先輩、昨日のこと……」

颯太が話しかけようとした時、遥は軽く手を挙げて彼を止めた。

「ゆっくり話そう、これから。お互いに、ちゃんと向き合って」

そう言って、遥は自分の心に従う決意をしたのだった。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

日本史

春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。 1. 現代社会への理解を深める 日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。 2. 思考力・判断力を養う 日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。 3. 人間性を深める 日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。 4. 国際社会への理解を深める 日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。 5. 教養を身につける 日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。 日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。 日本史の学び方 日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。 まとめ 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

感情

春秋花壇
現代文学
感情

妻と愛人と家族

春秋花壇
現代文学
4 愛は辛抱強く,親切です。愛は嫉妬しません。愛は自慢せず,思い上がらず, 5 下品な振る舞いをせず,自分のことばかり考えず,いら立ちません。愛は傷つけられても根に持ちません。 6 愛は不正を喜ばないで,真実を喜びます。 7 愛は全てのことに耐え,全てのことを信じ,全てのことを希望し,全てのことを忍耐します。 8 愛は決して絶えません。 コリント第一13章4~8節

処理中です...