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燕は南に帰っていく。俺はどこに帰るんだろう。
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「燕は南に帰っていく。俺はどこに帰るんだろう。」
涼しい秋風が吹き抜ける夕暮れ時、俺はぼんやりと空を見上げていた。群れをなして飛んでいく燕たちを見送りながら、ふと口をついた言葉だった。
季節の変わり目はいつも、何かを取り戻せなかった感覚に襲われる。幼い頃から、燕が南へ渡るこの時期になると胸がざわつくのは、なぜだろうか。大きく変わっていく景色に、自分だけが取り残されたような気がしてならない。
「何考えてるの?」隣からふいに声がかかる。
俺は驚いて顔を向けると、そこには優しい笑みを浮かべた彼女、陽菜がいた。俺の幼馴染であり、長年の友人でもある彼女は、こんな時いつも不思議と隣にいる。
「なんだ、いたのか」
「うん、いたよ。ずっとね」陽菜はくすりと笑った。「それで、何か考え事?」
「いや、ただ燕を見てただけ。南に帰るんだなって思ってさ」
「ふーん、そっか。じゃあ、あなたはどこに帰るの?」
陽菜の言葉に、俺は言葉を失う。冗談のように聞こえたが、その問いは、心の奥深くを刺すようだった。
俺には、帰るべき場所がないように思えた。大学を卒業してからしばらく経ったが、仕事は続けているものの、どこか心にぽっかりと穴が空いている感覚があった。実家には時折帰るものの、それも義務のように感じ、心の拠り所とは言えない。
「分からないよ。俺はどこにも帰る場所なんてないのかもしれない」
少し重い口調でそう答えると、陽菜は静かに俺を見つめた。
「そんなことないよ。誰だって帰る場所があるはずだし、見つけるために時間がかかることもある。でも……」
「でも?」
「もしかしたら、帰る場所って物理的な場所じゃなくて、人かもしれないよ。たとえば、大切な人がいる場所が、あなたの帰る場所になるっていうのも、素敵じゃない?」
陽菜の言葉に俺はドキリとした。彼女の大きな瞳は、まるで俺の心を見透かしているかのようだった。
「大切な人……か」
陽菜は微笑んだまま、夕日に染まる空を眺める。俺も彼女の視線を追い、再び燕たちの群れを目で追った。彼女の言葉が胸に重く響き、これまで意識してこなかった感情が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
陽菜とは、いつも一緒だった。幼い頃から同じ学校に通い、進路もほぼ同じ道を歩んできた。彼女は何でもできる人で、明るくて、周りを笑顔にする力がある。そんな彼女に支えられながら、俺は今まで生きてきた。
でも、俺は彼女に何も返せていないんじゃないか? もし、彼女が俺の「帰る場所」だったのだとしたら、俺はその存在にずっと気づかずにいたことになる。
「陽菜……お前はどうなんだ? 帰る場所、見つかったのか?」
「え?」突然の問いかけに陽菜は少し驚いたようだったが、すぐに笑顔に戻る。「うん、私もまだ探してる途中かもしれない。でもね……」
彼女はそこで言葉を区切り、俺の方をじっと見つめた。
「私は、誰かと一緒に帰る場所を見つけたいと思ってる」
その言葉は、俺にとって大きな意味を持っていた。今まで陽菜が何気なく側にいてくれたことが、どれだけ俺にとって重要だったのかを、ようやく理解した瞬間だった。
「俺も……一緒に探してもいいか?」
俺の言葉に、陽菜は少し驚いたような顔をしたが、すぐにふんわりと微笑んだ。
「もちろん。これからもずっと、一緒に探していこう」
その瞬間、俺の胸の中にずっとあった孤独感が少しずつ消えていくのを感じた。帰るべき場所とは、確かに物理的なものではなく、人との繋がりであり、心の拠り所なのだと。
燕たちは南へ帰っていく。けれど、俺はもう迷わない。隣にいる陽菜と一緒に、新たな「帰る場所」を見つけていこうと、強く心に誓った。
夕陽が沈み、夜の帳が降り始める頃、俺たちは肩を並べて家路に着いた。
涼しい秋風が吹き抜ける夕暮れ時、俺はぼんやりと空を見上げていた。群れをなして飛んでいく燕たちを見送りながら、ふと口をついた言葉だった。
季節の変わり目はいつも、何かを取り戻せなかった感覚に襲われる。幼い頃から、燕が南へ渡るこの時期になると胸がざわつくのは、なぜだろうか。大きく変わっていく景色に、自分だけが取り残されたような気がしてならない。
「何考えてるの?」隣からふいに声がかかる。
俺は驚いて顔を向けると、そこには優しい笑みを浮かべた彼女、陽菜がいた。俺の幼馴染であり、長年の友人でもある彼女は、こんな時いつも不思議と隣にいる。
「なんだ、いたのか」
「うん、いたよ。ずっとね」陽菜はくすりと笑った。「それで、何か考え事?」
「いや、ただ燕を見てただけ。南に帰るんだなって思ってさ」
「ふーん、そっか。じゃあ、あなたはどこに帰るの?」
陽菜の言葉に、俺は言葉を失う。冗談のように聞こえたが、その問いは、心の奥深くを刺すようだった。
俺には、帰るべき場所がないように思えた。大学を卒業してからしばらく経ったが、仕事は続けているものの、どこか心にぽっかりと穴が空いている感覚があった。実家には時折帰るものの、それも義務のように感じ、心の拠り所とは言えない。
「分からないよ。俺はどこにも帰る場所なんてないのかもしれない」
少し重い口調でそう答えると、陽菜は静かに俺を見つめた。
「そんなことないよ。誰だって帰る場所があるはずだし、見つけるために時間がかかることもある。でも……」
「でも?」
「もしかしたら、帰る場所って物理的な場所じゃなくて、人かもしれないよ。たとえば、大切な人がいる場所が、あなたの帰る場所になるっていうのも、素敵じゃない?」
陽菜の言葉に俺はドキリとした。彼女の大きな瞳は、まるで俺の心を見透かしているかのようだった。
「大切な人……か」
陽菜は微笑んだまま、夕日に染まる空を眺める。俺も彼女の視線を追い、再び燕たちの群れを目で追った。彼女の言葉が胸に重く響き、これまで意識してこなかった感情が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
陽菜とは、いつも一緒だった。幼い頃から同じ学校に通い、進路もほぼ同じ道を歩んできた。彼女は何でもできる人で、明るくて、周りを笑顔にする力がある。そんな彼女に支えられながら、俺は今まで生きてきた。
でも、俺は彼女に何も返せていないんじゃないか? もし、彼女が俺の「帰る場所」だったのだとしたら、俺はその存在にずっと気づかずにいたことになる。
「陽菜……お前はどうなんだ? 帰る場所、見つかったのか?」
「え?」突然の問いかけに陽菜は少し驚いたようだったが、すぐに笑顔に戻る。「うん、私もまだ探してる途中かもしれない。でもね……」
彼女はそこで言葉を区切り、俺の方をじっと見つめた。
「私は、誰かと一緒に帰る場所を見つけたいと思ってる」
その言葉は、俺にとって大きな意味を持っていた。今まで陽菜が何気なく側にいてくれたことが、どれだけ俺にとって重要だったのかを、ようやく理解した瞬間だった。
「俺も……一緒に探してもいいか?」
俺の言葉に、陽菜は少し驚いたような顔をしたが、すぐにふんわりと微笑んだ。
「もちろん。これからもずっと、一緒に探していこう」
その瞬間、俺の胸の中にずっとあった孤独感が少しずつ消えていくのを感じた。帰るべき場所とは、確かに物理的なものではなく、人との繋がりであり、心の拠り所なのだと。
燕たちは南へ帰っていく。けれど、俺はもう迷わない。隣にいる陽菜と一緒に、新たな「帰る場所」を見つけていこうと、強く心に誓った。
夕陽が沈み、夜の帳が降り始める頃、俺たちは肩を並べて家路に着いた。
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