いとなみ

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
951 / 1,147

知らないふりの代償

しおりを挟む
「知らないふりの代償」

目の前にいる彼氏のタケルがスマホを操作している間、ナツキは黙っていた。しかし、心の中ではある一つの衝動が渦巻いていた。彼が何をしているのか、誰と話しているのか、そのすべてを知りたくて仕方がない。それは彼の隣にいる安心感を得たいという気持ちからか、はたまた自分がどれだけ彼に愛されているのかを確認したいがための行動か、ナツキ自身でも分からないままだった。

「なんか、疲れたな。」

タケルがぽつりと呟いた。彼の視線はスマホの画面に向けられたままで、ナツキに目を向けることはない。ナツキはその瞬間にふと、彼のスマホを覗き見るチャンスだと思った。タケルがシャワーを浴びに立ち上がると、彼のスマホがソファの上に無造作に置かれた。

「行ってくるね。」

タケルがバスルームのドアを閉めた瞬間、ナツキは手早くスマホを手に取った。指先が震えるのを感じながら、パスコードを入力する。彼が使うコードはいつも同じだった。彼女の誕生日。こんなにも簡単に彼の秘密に触れることができるのだと思うと、罪悪感よりも好奇心が勝った。

ナツキは一番気になるメッセージアプリを開いた。画面に表示された最近の会話リスト。そこには、見慣れない女性の名前があった。彼女は一瞬息を呑んだ。頭の中で「見なければ良かった」と後悔の声が響くが、もう指が止まらない。彼女はそのチャットを開き、スクロールしながらタケルとその女性のやり取りを読み進めた。

「また会えるの楽しみにしてるね。昨日は本当に楽しかった!」

そのメッセージを見た瞬間、心臓がドクンと音を立てた。彼女の胸の中にあった小さな不安が、瞬く間に大きな黒い雲となって膨らんでいく。これが彼が最近、何かしらの理由で会う時間が減った原因なのだろうか。

「どうして……。」

呟いた言葉がバスルームの音にかき消された。彼が何をしていたのか、どんな気持ちでその女性と会っていたのか、そして何を隠しているのか。すべてが分かりそうで分からない。

タケルの足音がバスルームから響いてきた。ナツキは急いでスマホを元の位置に戻し、ソファに深く座り直した。何事もなかったかのように、テレビの画面に視線を移す。彼の香りが漂い、タケルが隣に座ったが、ナツキは平静を装うのに必死だった。

「何か面白いのやってる?」

タケルが尋ねる。彼の顔に微笑みが浮かんでいるが、ナツキはそれが今はただの仮面に見えた。彼女は頷いて「うん、普通かな」と短く返す。心の中では言葉が溢れそうになっているのに、それを口に出す勇気はなかった。

翌朝、タケルが仕事に出かけた後、ナツキはベッドの上で一人悶々と考えていた。スマホを覗き見たことが正しかったのかどうか、それが彼との関係をどう変えるのか、すべてが曖昧で不安定だった。彼女は自分の行動が、信頼という名の橋を一つずつ壊しているのを感じていた。

数日後、ナツキはついにタケルにそのことを話す決心をした。「タケル、私、あなたのスマホを見たの。」そう言ったとき、彼の表情は驚きから困惑、そして失望へと変わっていった。彼の目はいつもとは違う冷たい色を帯びていた。

「どうしてそんなことしたんだよ。俺は何も隠してないし、隠すつもりもないって言ったじゃないか。」

ナツキは何も言い返せなかった。ただ涙が流れるままに任せた。彼がどれほど怒っているのか、彼の中でどんな感情が渦巻いているのか、それを想像するだけで胸が苦しかった。彼女はただ、信じることの難しさと、自分の弱さに直面していた。

タケルは深い息をつき、ナツキの肩に手を置いた。「これからはお互いにもっと正直に、そして信頼し合える関係を築こう。俺も、ちゃんと話すから。」彼の声には、怒りの代わりに少しの寂しさと、何かを乗り越えようとする決意が滲んでいた。

ナツキはその言葉を胸に刻みながら、今度こそ信じることを決めた。自分自身を、そしてタケルを。見えないところで不安が膨らんでも、それを隠すのではなく、二人で向き合っていくことが何より大切だと気づいたのだ。

それからの二人は、少しずつだが確実に信頼を取り戻していった。ナツキの癖も少しずつ消え、タケルの話を聞くたびに彼の気持ちを感じることができるようになった。スマホを覗くことではなく、互いの心を見つめることが二人にとっての本当の絆となったのだ。

ナツキは彼の隣で笑いながら、もう一度彼に誓った。「これからは、ちゃんとあなたを信じるから。」タケルも微笑み返し、彼女の手をしっかりと握り返した。互いの手のぬくもりが、これからの二人の未来を照らしているように感じた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

結衣のお仕置き

恩知らずなわんこ
現代文学
比較的真面目な女の子結衣が厳しいお尻叩きのお仕置きを受けていくお話です。Pixivにも同じ内容で投稿しています。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...