いとなみ

言葉のキャッチボール

「言葉のキャッチボール」

秋の午後、カフェの窓から差し込む柔らかな光が、店内を心地よい温かさで包んでいた。シンプルなデザインのテーブルと椅子、優雅な装飾が施された壁に囲まれた空間で、アヤは深い息をついた。目の前に座るイケメン、ヒロトとのデートは、彼女が楽しみにしていたひとときだった。しかし、心の奥底では、彼との会話に対する少しの不安があった。

「それでさ、昨日の仕事どうだった？」アヤはカフェのドリンクをひと口飲んでから、ヒロトに話しかけた。

ヒロトはにっこりと笑い、「ああ、昨日のこと？まあ、結構忙しかったよ。実は、あのプロジェクトが大変でさ」と言いながら話し始めた。彼の話し方は魅力的で、笑顔も完璧だった。しかし、アヤは次第に気づいていた。ヒロトの話は、どこか一方的で、彼が自分のことだけを話す傾向があったのだ。

「それで、どんなプロジェクトだったの？」アヤが質問を重ねると、ヒロトはまた、自分の話に戻りがちだった。

「そのプロジェクト、実はクライアントがすごく要求が多くてね。それに加えて、チームメンバーもなかなか協力的じゃなくて、うーん、難しかったなぁ」とヒロトは話し続けた。

アヤは微笑みながらも、彼の話の中で自分の話題が出ることはほとんどなかった。彼が話す内容には興味があったが、会話のバランスが崩れていることに少しずつ苛立ちを感じていた。彼女は心の中で、自分の意見や感じたことを話せるタイミングが欲しかった。

「そういえば、アヤちゃんは最近どうしてるの？」ヒロトが突然、彼女に向き直った。アヤはその瞬間、ホッとした気持ちになった。しかし、ヒロトが続けて言ったのは、自分の過去の体験談だった。

「ちなみに、俺も昔こんなことがあってさ。あの時も結構大変だったんだよね」

アヤは、彼が自分のことを聞きたがっているのではなく、自分の話を続けるだけのように感じた。彼の言葉は優しく、思いやりがあるように見えたが、実際には会話のキャッチボールが成立していなかった。

その後も、ヒロトの話は続き、アヤは静かに聞いていたが、自分が話す番が来ることはなかった。彼の魅力的な外見や話し方とは裏腹に、会話の中で感じる空虚感が彼女の心に影を落とし始めていた。

デートが終わり、二人はカフェを後にした。アヤは心の中で、自分が感じた不安や不満をどう伝えるべきかを考えていた。ヒロトが悪いわけではなく、ただ、会話のバランスが取れていないだけだと理解していた。しかし、それをどう伝えるかが、彼女の次のステップだった。

「ヒロトさん、今日は楽しかったです。でも、次回のデートでは、お互いの話をもっとシェアできたらいいなと思っています」とアヤは、帰り道で優しく提案した。

ヒロトは少し驚いた顔をしながらも、「そうだね、もっとアヤちゃんの話も聞きたいな。次回はもっと気を付けるよ」と答えた。

この言葉は、アヤにとって安心材料となり、彼女の心に少しの希望をもたらした。彼の真摯な反応に、アヤは彼との関係が良い方向に向かう可能性を感じた。次回のデートで、彼とより良いコミュニケーションが取れることを期待しながら、アヤは前向きな気持ちで帰路についた。