いとなみ

同棲時代

同棲時代

麻美と拓也は、出会ってから三年が経った頃に一緒に住むことを決めた。どちらも二十代後半、社会人としての生活にも慣れてきたが、都会の喧騒の中で一人暮らしを続けるのはどこか寂しいと感じるようになった。お互いにとって「一緒に住む」という選択は、自然な流れであり、新たな冒険だった。

小さな2DKのアパートでの生活は、楽しいことばかりではなかった。二人の生活リズムは微妙にずれていて、麻美は朝早くから仕事に出かける一方で、拓也は夜遅くまで働いていた。週末も、それぞれの趣味や友人との約束があり、二人で過ごす時間は意外と少なかった。

同棲を始めたばかりの頃、麻美は料理にこだわり始めた。彼女は、手間暇かけて作った料理で拓也を驚かせたいと思っていた。だが、彼が帰ってくるのはいつも深夜。せっかく用意した料理は冷めてしまい、彼が帰宅する頃には食欲も失せているようだった。

「帰りが遅くなるなら、せめて連絡してほしい」と麻美は言ったが、拓也は「仕事だから仕方ない」とつぶやくだけだった。小さな不満が積もる日々。些細なことが口論に発展することも増えていった。

ある日の夜、麻美はまたもや拓也の帰りを待ちながら、食卓で一人ぼんやりとしていた。時計の針は深夜1時を過ぎ、彼の帰宅時間を大幅に超えていた。スマホを手に取り、何度もメッセージを確認するが、既読がつくことはない。彼女の中で、不安と苛立ちが交差していた。

「ただいま」と、ようやくドアが開く音がした。拓也は疲れ果てた表情で部屋に入ってきたが、麻美の不機嫌そうな顔に気づくと、ため息をついた。

「今日も連絡なかったよね。心配したんだよ」と麻美は言った。

「忙しかったんだ。そんなに責められても困る」と拓也はうんざりしたように返す。二人の間には冷たい空気が漂った。

「私だって待ってるんだから、もう少し気を遣ってくれてもいいじゃない」

「だからって、毎回こういうふうに責められるのは嫌なんだ」

口論はさらにヒートアップし、ついに拓也は「もう疲れた」とだけ言い残して、寝室に引きこもってしまった。麻美は一人でリビングに残され、泣きたい気持ちでいっぱいだった。

翌朝、静けさの中で目を覚ました麻美は、昨夜のことを後悔していた。拓也がまだ眠っている間に、彼女は朝食を用意し、そっとテーブルに並べた。そして、彼が起きてきたときに小さな声で言った。「昨日はごめんね。私も疲れてたのかも」

拓也は少し驚いたような顔をしたが、麻美の謝罪に短くうなずいた。「こっちこそ、ごめん」

その日を境に、二人の間には少しずつ変化が生まれ始めた。麻美は無理に拓也を待たず、自分の時間を大切にすることを学んだ。料理も無理に凝ったものを作らず、簡単なもので済ませる日も増えた。その代わり、二人で過ごす時間には意識的に楽しみを見つけるようになった。

週末の午後、二人は近くの公園を散歩することが習慣になった。お互いの仕事や趣味について話し合い、未来についても自然と話が及ぶようになった。「こんな場所で小さなカフェを開いたら楽しそうだね」と麻美が言えば、拓也は「俺たちならきっとうまくやれるよ」と笑う。そんな何気ない会話が、二人にとってのかけがえのない時間になった。

同棲生活は、完璧なものではなかった。まだまだお互いに理解し合えない部分や不満がないわけではない。それでも、麻美と拓也は少しずつ歩み寄ることを覚え、成長していった。二人の関係は、単に恋人同士の甘い時間を共有するだけではなく、時にはぶつかり合い、互いを理解し、支え合っていくものであると気づいたのだ。

ある晩、麻美が先にベッドに入った後、拓也はリビングでぼんやりとテレビを見ていた。しばらくして、彼はふと立ち上がり、寝室に向かった。麻美が半分眠りかけているのを見て、そっと彼女の手を握った。

「麻美、俺たち、これからも一緒にやっていけるよな？」

彼女は目を開け、少し驚いたように彼を見つめた後、微笑んで頷いた。「もちろんよ、一緒に成長していこう」

その言葉に拓也も微笑み、彼らは再び互いの手を握り合った。二人はまだ未熟で、完璧ではないけれど、お互いを大切にしながら少しずつ前に進んでいけると信じていた。

「同棲時代」は、彼らにとって愛の形を学ぶための大切な期間だった。些細なことで喧嘩をし、涙を流す日もあれば、何でもない瞬間に幸せを感じる日もある。そんな日々を繰り返しながら、二人は少しずつ、確かな絆を育んでいった。