いとなみ

忘れられない香り

忘れられない香り

千夏は、雨上がりの街を一人で歩いていた。湿ったアスファルトの匂いと、どこか遠くから漂ってくるタバコの香りが彼女の鼻をついた。その香りは、懐かしくも切ない記憶を呼び覚ました。最後のキスは、彼のタバコのflavorがした。ほろ苦くて切ない、その香りは、いつまでも彼女の心に染みついて離れない。

「今頃、彼はどこで何をしているんだろう。」そう思うと、自然と涙がこぼれそうになる。彼女の心の中には、まだ彼の姿が鮮明に残っている。何度も「忘れよう」と思ったのに、記憶の中の彼は色褪せることなく、むしろその思いはますます強くなるばかりだった。

彼と別れてから、千夏は何度も新しい恋を試みた。しかし、彼女の心には、いつも彼だけの場所があり、そこに誰も入り込むことはできなかった。「You are always gonna be my love...」その言葉が、心の奥で何度も繰り返される。彼との日々を思い返すたびに、胸の奥に切ない想いがこみ上げてくるのだ。

彼との最後の別れは、どこか不思議なくらいあっさりとしたものだった。言い争うこともなく、ただ静かに、「さよなら」とだけ言って別れた。彼女はその後、自分の気持ちを整理する時間を持つことなく、日々の忙しさに追われていた。しかし、ふとした瞬間に彼のことを思い出し、涙が流れることが何度もあった。

翌朝、千夏は目を覚ますと、自分が泣いていたことに気づいた。夢の中で、彼と再会したのだ。彼の優しい笑顔と、あのタバコの香りが夢の中で蘇ってきた。夢から覚めた瞬間、彼女は現実に戻された感覚に打ちひしがれた。目を閉じると、まだ彼の姿が見えるようで、心が痛んだ。

「私は、いつか新しい歌を歌えるのだろうか。」彼女は窓の外を見つめながら、心の中でそうつぶやいた。彼との別れからもう一年以上が経った。周囲の友人たちは次々と新しい恋愛を始め、幸せそうにしている。それを見るたびに、自分も前に進むべきだと考えるが、心はまだ彼のことを引きずっている。

彼女は、ある日、街角の小さなカフェに立ち寄った。そこで、初めて彼と出会った日のことを思い出した。あの時も、タバコのflavorが漂っていた。彼が吸っていたタバコの香りが、心地よいと同時に、どこか寂しさを感じさせた。それは、彼の持つ孤独の香りのようなものだった。

カフェの窓際の席に座ると、彼女は一息ついて、周囲の人々のざわめきを感じ取った。カフェの片隅でギターを弾いている男性がいた。彼の演奏するメロディーは、どこか懐かしさを感じさせるもので、千夏の心に静かに染み込んでいった。

その音楽が終わると、彼はふと千夏に目を向けて微笑んだ。その瞬間、彼女の心は少しだけ軽くなったように感じた。音楽の力なのか、それともその男性の温かな笑顔なのか、千夏はわからなかったが、彼女はその瞬間、少しずつ前に進む勇気を持てたような気がした。

「新しい歌を、歌えるまで...」彼女は小さな声でつぶやいた。そして、心の中で彼との思い出を優しく包み込み、次の恋に向けて少しずつ歩みを進めることを決意した。

その後、千夏はそのカフェに何度か足を運び、ギターを弾いていた彼と話すようになった。彼の名は大輔と言い、音楽を愛し、人の心に寄り添うようなメロディーを奏でるのが好きだと言った。彼と過ごす時間が増えるにつれて、千夏の心の中の傷も徐々に癒されていった。

彼女の心の中にある彼との思い出の場所は、決して消えることはない。それでも、新しい日々の中で、少しずつ新しい歌を歌い始めることができるようになっていった。

「今はまだ悲しいlove song...でも、いつか新しい歌を。」千夏は微笑みながら、自分自身を少しずつ解放していくことを感じていた。彼女はまだ彼のことを完全には忘れられないかもしれない。それでも、彼女の心には、もう一度恋に落ちる準備が少しずつできているのだと気づいた。