いとなみ

春秋花壇

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消えた僧侶のお盆

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「消えた僧侶のお盆」

夏の暑さがピークに達し、日が落ちるとほんの少し涼しさが戻ってくるころ、若い僧侶・修一は檀家巡りのために村を歩いていた。お盆の時期、寺に仕える僧侶たちは檀家の家々を訪れ、亡くなった家族のためにお経をあげるのが恒例だ。修一はまだ若いが、村の人々からの信頼を得ており、特にお盆の時期には忙しく立ち回っていた。

その日、修一は村のはずれにある古びた家の前で足を止めた。幼馴染の真理子が住んでいた家だ。しかし、真理子はもうこの世にいない。数年前、病で亡くなり、家はずっと空き家になっていた。修一はふとした瞬間に思い出す彼女の笑顔を、胸の奥にしまい込んだ。

「誰も住んでない家に来てどうするんだ…。」

修一は苦笑いを浮かべ、次の檀家の家へ向かおうと足を動かそうとした。しかし、ふと足が止まった。何かに引き寄せられるように、再び真理子の家に目を向けた。ひっそりとした家の前で、修一はそのまま立ち尽くしていた。

「まさか、な…。」

修一は自身の心の中で呟いた。亡くなった人間が、あの家にいるわけがない。彼はそう思いつつも、どうしてもその場所から離れることができなかった。何かが、彼を呼んでいるような気がしたのだ。

「もう一度、見ておくか…。」

自分でも理由がわからないまま、修一は家の扉に近づいていった。鍵はかかっているはずだが、扉は少し開いている。驚きとともに、修一はそっと扉を押した。すると、暗い室内から、微かに誰かの声が聞こえた。

「修一くん…」

その声は、確かに真理子のものだった。修一は胸が締め付けられるような思いで、声の方を見つめた。そこに立っていたのは、間違いなく真理子だった。彼女は、かつての笑顔を浮かべ、修一を見つめていた。

「真理子…?」

修一は言葉を失った。目の前にいるのは、亡くなったはずの真理子。彼女がそこにいる理由を考える暇もなく、修一は彼女に手を伸ばした。だが、指先が彼女に触れることはなく、ただ空気をかき分けるだけだった。

「修一くん、来てくれてありがとう。」

真理子の声は優しく、どこか寂しさを感じさせるものだった。修一はその場に立ち尽くし、彼女の言葉を聞いていた。

「私、あなたに会いたかったの。でも、もう時間がないの。だから、お盆の間だけ…私と一緒にいてくれないかしら?」

修一は迷ったが、真理子の頼みを断ることはできなかった。彼女との再会が、まさかこのような形で訪れるとは思いもしなかったが、彼はその時、ただ彼女と共にいたいと願った。

その夜、修一は真理子と過ごすことになった。彼女は昔と変わらず、穏やかで優しい笑顔を見せてくれた。二人は幼いころの思い出や、真理子がどれほど修一のことを大切に思っていたかを語り合った。時間が過ぎるのも忘れ、修一はその幸福なひと時に浸っていた。

だが、寺では大騒ぎが起きていた。修一が予定された檀家巡りから姿を消し、どこにも見つからなかったのだ。村中が捜索に乗り出し、修一の行方を探したが、どこにも彼の姿は見当たらなかった。

お盆が終わる頃、修一はふらりと寺に戻ってきた。その姿はどこか生気を失ったようで、目の前に立つ彼を見た僧たちは驚いた。彼が消えていた理由を問い詰めても、修一は何も答えなかった。ただ、「少し疲れただけだ」と言うばかりだった。

修一はお盆の間に何があったのかを口にすることはなかったが、その後、彼はしばしば村はずれの空き家を訪れるようになった。あの夜、真理子と過ごした時間は、彼にとって忘れられないものとなった。しかし、彼はそれを誰にも語ることなく、ただ静かにその思いを胸に秘めて生きていった。

修一があの家を訪れるたびに、彼は真理子との再会を夢見た。そして、お盆の夜が再び訪れるたびに、彼はまた、あの声を聞くことを願った。








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