いとなみ

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
867 / 1,137

海の嘆き

しおりを挟む
「海の嘆き」

「嘘つき、裏切り者…」

波打ち際で一人、セイレーンのサリナは涙をこぼしていた。あんなに深く愛してくれると言っていた彼が、彼女がセイレーンであることを知ると、その言葉とは裏腹に、すぐさま姿を消してしまった。

サリナは美しい声を持ち、その声で人々を魅了する力を持っていた。しかし、その力を使うことを彼女は嫌っていた。彼女が望んだのは、ただ純粋な愛だった。彼女の声を聞いた者たちは、皆彼女を求め、彼女の元にやってくるが、そのすべてが彼女の力によるものだとわかっていた。だから、彼女の心の中には常に孤独があった。

そして、彼に出会った。彼の名はアレクシオス。勇敢な船乗りで、強い心を持ち、サリナの歌声に引き寄せられることなく、彼女の元へとやってきた。彼はサリナに惹かれ、サリナもまた彼に惹かれていった。

「あなたの声は美しいけれど、それ以上にあなたの心が美しい」と、アレクシオスはサリナに言った。その言葉はサリナの心に深く響き、彼のことを信じたいと思った。それまで誰も彼女に心からの言葉をかけてくれたことはなかった。彼だけが、彼女の声に頼らず、彼女自身を見てくれていると感じた。

彼女は初めて自分の正体を隠さずに接することができた。セイレーンであることを忘れ、ただ一人の女性として、彼と愛を育んでいった。彼との時間は幸せに満ちていた。彼が自分を愛してくれている、それだけでサリナは満たされていた。

しかし、その幸せは長く続かなかった。

ある日、彼女は自分の秘密を打ち明ける決意をした。彼がどれだけ彼女を愛してくれていても、真実を隠したままでは本当の幸せは得られないと考えたからだ。勇気を振り絞り、彼女は告白した。

「私には隠していたことがあるの。私は…セイレーンなの。」

その言葉が彼にどれほどの衝撃を与えたかは、一目でわかった。彼の顔からは笑みが消え、瞳に不安と恐怖が宿った。サリナの心は締め付けられたが、彼がどう反応するかを見守るしかなかった。

「セイレーン…?君が…?」

アレクシオスの声は震えていた。彼はサリナから一歩、また一歩と後ずさりし、彼女の元を去っていった。その背中を見送りながら、サリナはその場に崩れ落ちた。

「なぜ…?私は変わらないのに…」

彼の愛が偽りだったとは思いたくなかった。彼が彼女を愛していたこと、それが真実であってほしかった。しかし、彼の行動はそれを裏切った。セイレーンであるというただ一つの事実が、彼の愛を打ち砕いたのだ。

サリナは海辺で泣き続けた。彼が戻ってくることを願いながら、しかしその願いが叶うことはないことを心のどこかで感じていた。彼女の正体が暴かれた今、彼が再び彼女の元に戻ることはないだろう。それがどれほど辛いことであっても、サリナはその現実を受け入れなければならなかった。

「あなたはわたしを愛してくれていたんじゃなかったの…?」

その問いは風に乗って海へと消えていった。答えを求めることもなく、ただ空虚な響きだけが残った。

彼女の声を聞いた海鳥が一羽、遠くで鳴いた。その声もまた、サリナには答えのように聞こえたが、彼女の心に届くことはなかった。

彼女は再び立ち上がり、冷たい波に足を浸した。彼を待つことはもうできない。彼女には再び海へと戻るしかなかった。そこには彼女の本来の居場所があり、彼女の悲しみを癒す何かがあるかもしれないと、サリナは考えた。

サリナは最後に一度だけ彼の名を呼んだ。風に消え入るようなその声は、海に溶け込み、彼女の心の奥底に残された愛の断片を、波がさらっていくようだった。

「さようなら、アレクシオス。さようなら、私の愛。」

それだけを言い残し、サリナは海へと身を投げた。冷たい水が彼女を包み込み、深い青の中へと彼女を導いていった。その先には何が待っているのか、サリナにはわからなかった。だが、彼女はそれを受け入れるしかなかった。

そして、彼女の姿は海の底へと消えていった。彼女の愛も、彼女の嘆きも、すべてが海に飲まれて、永遠に沈んでいった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

生意気な女の子久しぶりのお仕置き

恩知らずなわんこ
現代文学
久しくお仕置きを受けていなかった女の子彩花はすっかり調子に乗っていた。そんな彩花はある事から久しぶりに厳しいお仕置きを受けてしまう。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...