いとなみ

最後まで信じること

最後まで信じること

真夜中の静けさの中、雨が屋根を叩く音が響いていた。明かりを消した部屋で、佳奈（かな）は窓辺に立ち、雨の音に耳を傾けていた。心の中には、彼との思い出が次々と蘇っていた。

「おはよう、佳奈。」毎朝、彼の優しい声が響いた。目を覚ますと、隣には笑顔の拓也（たくや）がいた。彼のぬくもりと一緒に目覚めることが、佳奈にとって何よりの幸せだった。けれども、彼の仕事の都合で、長い間会えない日々が続いていた。

「拓也、おはよう。」と、佳奈は心の中で呟いた。彼がいない寂しさを紛らわせるために、毎朝自分にそう言い聞かせていた。彼の存在を感じることで、一日の始まりを乗り越えることができた。

佳奈と拓也は大学のサークルで出会い、互いに引かれ合った。二人は毎日を共に過ごし、笑い合い、時にはケンカもしたが、そのたびに絆を深めていった。最初のデートで拓也が言った「ありがとう、今日一緒にいてくれて」という言葉が、佳奈の心に深く刻まれていた。

ある日、拓也が仕事で海外へ行くことになった。その知らせを聞いたとき、佳奈は涙を堪えることができなかった。「行かないで」とは言えなかったが、その代わりに「気をつけてね」と伝えた。拓也は優しく頷き、佳奈の手を握りしめた。

彼がいなくなってからの日々は、寂しさと不安で満ちていた。毎日メールを送り合うものの、会えない時間が二人の距離を感じさせた。それでも、佳奈は最後まで信じることを選んだ。拓也が帰ってくる日を心待ちにし、彼が言ってくれた「ありがとう」を思い出すことで、自分を励ました。

ある日、佳奈の元に一通の手紙が届いた。拓也からのもので、「帰る日が決まった」と書かれていた。喜びと期待で胸がいっぱいになり、佳奈はその日を指折り数えて待った。

そして、ついにその日がやってきた。佳奈は駅のホームで彼を待ち続けた。人混みの中、見覚えのある姿が見えた瞬間、涙が溢れ出した。拓也もまた、佳奈の姿を見つけると駆け寄ってきた。

「おかえり、拓也。」佳奈は微笑みながら言った。彼は息を切らしながらも、優しく「ただいま」と返した。そして、再会の喜びを分かち合う二人は、言葉にならない思いを込めて抱きしめ合った。

その夜、二人は久しぶりに一緒に過ごした。拓也は佳奈に感謝の気持ちを伝え、「ありがとう」と何度も言った。佳奈もまた、「おはよう」と「ありがとう」の一言で、彼の愛情を感じ取っていた。

「最後まで信じてよかった」と、佳奈は思った。愛を伝えるのは「愛してる」や「好き」だけではない。日常の中で交わされる「おはよう」や「ありがとう」も、素敵な愛情表現なのだと、二人は改めて感じた。

雨の音が静まる頃、佳奈は窓から目を離し、拓也の隣に戻った。彼の温もりを感じながら、二人は静かに眠りについた。