いとなみ

彼女の耳と彼の言葉

彼女の耳と彼の言葉

佳奈子は、どちらかといえばおしゃべりなタイプだった。友人たちと集まると、いつも話題の中心にいて、次から次へと話が弾む。彼女の明るさと笑顔は、周囲を元気にする力があった。しかし、そんな彼女にも悩みがあった。

最近付き合い始めた彼氏の洋介が、あまり自分のことを話してくれないのだ。佳奈子はもっと洋介のことを知りたいと思っていたが、会話の大半は彼女が話し、洋介は聞き役に回っていることが多かった。彼女は自分の話ばかりしていることに気づき始め、少し反省していた。

ある日のデートの帰り道、佳奈子は思い切って洋介に聞いてみた。「ねぇ、洋介。もっと自分のこと、話してほしいんだけど、どうしてあまり話さないの？」

洋介は少し驚いた表情を見せたが、優しく微笑んで答えた。「佳奈子が楽しそうに話してるのを見るのが好きなんだよ。それに、僕は聞くのが得意だから。」

その言葉に佳奈子は少し嬉しくなったが、それでも何か物足りなさを感じた。彼のことをもっと知りたいという気持ちは変わらなかった。

その夜、佳奈子はベッドに入ってから、これまでのデートを振り返った。洋介の言葉を思い出しながら、自分がもっと聞くことに専念すれば、彼の心の中をもっと知ることができるのではないかと考えた。彼女は決心した。「明日から、もっとよく聞く女性になろう。」

次の日、佳奈子は洋介とカフェで待ち合わせをした。いつもなら自分の話から始めるところを、今日は洋介に質問を投げかけることから始めた。「最近、仕事どう？何か面白いプロジェクトとかある？」

洋介は少し驚いたようだったが、ゆっくりと話し始めた。佳奈子は彼の話に耳を傾け、時折質問を挟みながら、興味深く聞いた。洋介の目が次第に輝き始め、話す内容も生き生きとしてきた。彼がどんな仕事をしているのか、どんなことに情熱を注いでいるのか、初めて詳しく知ることができた。

「洋介って、本当に仕事が好きなんだね。聞いてると、私もワクワクしてきちゃう。」佳奈子はそう言って微笑んだ。

「ありがとう、佳奈子。こうやって話を聞いてくれるの、すごく嬉しいよ。」洋介も微笑み返した。

その日から、佳奈子は洋介との会話で、彼が話す時間を意識的に増やすようにした。彼の趣味や好きな音楽、子供の頃の思い出など、様々な話題が飛び出し、彼のことを深く知ることができた。彼の言葉一つ一つが、彼女にとって新しい発見だった。

ある日、洋介は感謝の気持ちを込めて、佳奈子に小さなプレゼントを渡した。それは、二人で初めてデートした場所で撮った写真をフレームに入れたもので、裏には「いつもありがとう。君のおかげで、僕も自分を表現できるようになった。」と書かれていた。

佳奈子はその言葉を見て、胸がいっぱいになった。彼女は、話すことばかりに夢中になっていた自分を反省し、もっとよく聞くことの大切さを実感した。彼の心を開く鍵は、耳を傾けることだったのだ。

二人の関係はますます深まり、互いの信頼も強くなった。佳奈子は、洋介がどんなに素晴らしい人間であるかを知ることができ、洋介もまた、佳奈子が自分を理解し支えてくれる存在であることに感謝していた。

時が経ち、二人は結婚することになった。結婚式の日、佳奈子は誓いの言葉としてこう述べた。「洋介、私はこれからも、あなたの話をよく聞くことを誓います。あなたの言葉に耳を傾け、あなたの気持ちを理解し、共に歩んでいきたいです。」

洋介は感動し、涙を浮かべながら答えた。「佳奈子、ありがとう。君がいてくれるから、僕は自分をもっと素直に表現できるんだ。これからもよろしくお願いします。」

こうして、佳奈子はよく話す女性から、よりよく聞く女性へと成長し、二人の愛はますます深まっていった。彼女は、聞くことの大切さを学び、それが二人の幸せの礎となったのだった。