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春秋花壇

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わたくしには婚約者がいました

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わたくしの名前は、マリー・ド・ラミー。16歳です。

わたくしには婚約者がいました。


彼の名前は、ピエール・デ・ドモンジョ。17歳です。

わたしたちは、親同士も仲が良くて子供の時から婚約をしていました。

わたしたちは、週に一度学校の中庭で一緒に食事をしておりました。

最近は、私もお料理を覚えて彼に

「おいしいね」

と、言って頂くのが至福の時でした。

「いつもありがとう」

と、言ってくださる彼の青眼の美しい瞳が嬉しくて

「幸せなひと時をありがとうございます」

と、感謝の言葉を返しておりました。

たまに指が触れると、心臓が飛び出るかと思うほどドキドキときめくのです。

熱でも出たのかと思うほど体中を血液が駆け巡ります。

空は高く青く澄み渡って、白い入道雲がとても美しく見えました。

鳥のさえずり、小川のせせらぎ、蝶の華やかな舞い、花々のおしゃべり。

森羅万象、全てのものが息づいて囁きかけてきます。

蜜月の時、ピエール様を思い出してはうふふと微笑むのです。


『 わが恋は 虹にもまして 美しき いなづまとこそ 似むと願ひむ 』

与謝野晶子



この幸せがずっと永遠に続くものだと思い込んでいたのですが、

そう、あの日までは……。

夏休みの一ヵ月前くらいから、彼と一緒に食事をする事が無くなりました。

問い合わせると、学校のお勉強がお忙しいとのことでした。

「長い一生には、我慢をしなければいけないこともあるのよ」

と、自分に言い聞かせ、耐える事に致しました。

わたくしは、ガーデニングが趣味で彼の生命が伸びるようにと

彼の体と心に良いものを精魂込めて育てていました。

医薬同源。

一週間に一度の食事でしたが、有り余るほどのパワーと心の平安が

神から賜れるように調整しておりました。

夏休みも始まって間もない日、一通の手紙が届きました。

淡い花柄の素敵な便箋と封筒のセットです。

差出人には、エマニュエル・ド・リシャールと書かれてあります。

急いで開けてみますと、

ピエール・デ・ドモンジョさまと別れてほしい旨が書かれておりました。

自分たちは愛し合っているのに、

わたくしとの婚約が足かせになっているというのです。

私は一瞬目の前が真っ暗になり、これは何かの悪い夢だろうと思いました。

でも、彼に急いで連絡を取ると

「その手紙の通りだ」

と、おっしゃるのです。

門番たちの噂では、エマニュエルさまは

「小股の切れ上がったふるいつきたくなるような女」なのだそうでございます。

フェロモン系の香水の香りがするそうで、

そのセクシーな雰囲気にすっかり酔ってしまわれたのでしょうか。

私と違って、エマニュエルさまは大人の色香を持ったあでやかな女性のようです。


両親に相談しましたが、彼の気持ちは硬く、

あちらのお父様も

「不出来な息子で誠に申し訳ない」

と、土下座をされるのですが、わたしはその日以来余りのショックで声が出なくなってしまいました。

こうしてわたくしたちの婚約は破棄されました。

わたくしはもう彼のお花をお世話する元気も残っておりません。

水をあげることもできず、部屋に引きこもって泣いてばかりおりました。

折角すくすくと育った植物たちは見るも無残。

どんどんしおれて行きます。

それでもわたくしは、ベットから起き上がることさえできません。

「別れたんだから、わたくしにはどうする事も出来ないわ」

ただただ、元気がなくなっていく花たちをぼーと眺めているだけでした。

「大変です。ピエール・デ・ドモンジョさまがお倒れになりした。

今晩が山場だという事です。」

もう、わたくしにはどうする事も出来ません。

彼の生命力を補充する花たちはしおれてしまったのですから……。


安らかにお休みくださいませ。


*****


これでいいのか?

これで幸せなのか?

今流行りの「ざまぁ系」でお前は幸せなのか?

人は何度も過ちを犯す。

その度に立ち上がれないほどに打ちのめされていたら、

人類全員死刑じゃないか。

だって、悲しい程、不完全なんだから。


*****


ということで、愛再び。

顔を洗い、歯を磨き、シャワーを浴びて身を清め、禊を始める。

祈願、請願、嘆願、必死で祈り始める。

丁寧に植物に溢れるほどの水を与え、愛を降り注ぐ。

長い夜を中秋の名月の明かりで照らしながら、静かに暁を迎える。

白々と夜が明けていく。

虫の音がにぎやかだ。

小鳥がさえずりお日様が照り輝く。

「おおおおお」

門番たちが歓声を上げ始める。

「枯れたかと思った植物が復活しています」

靡ていた蕾は生気を取り戻して微かに微笑んでいる。

間もなく、わたくしのもとに吉報が齎される。

「ピエールさまは、山場を越えました」








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