いとなみ

春秋花壇

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失われた風景 三者面談前夜

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 竜胆の花が秋のさわやかな風にそよそよと揺れている。

あでやかな青紫の姿はまっすぐ上を向いて凛として潔いとさえ感じる。

どちらかというと男の花なのかな?


俺の辞書には夕日がない。

家の裏が竹藪だったからなのか

子供の頃の記憶をたどってみても、何故か夕日が思い浮かばない。

朝日はきらきらと前の大将山から登って来るのにな。

何処に沈むのかさえ覚えていない。

別に下ばかり向いて生きてきたわけじゃないのに……。


泣きたいだけ泣くと、表の水を溜めて有る場所で顔を洗った。

ゆきちゃんに見られるのが恥ずかしいからだ。

俺の顔を見ると、ゆきちゃんは

「お風呂も沸いてる。ご飯も炊けてるよ」

と、誇らしげに告げる。

「ほー、一人でも暮らせそうだな」

俺はちょっとSな気分になって15歳のいたいけな小娘をいじってみたくなった。

「うん、お兄ちゃんちに来るまではそうしてた」

そういえば、ゆきちゃんのお母さんがいついなくなったのかを俺は知らなかった。

「お母さんがいなくなったのは何時?」

「6月30日」

「俺んちに来たのが旧盆だからそれまで一人で暮らしてたのか」

「うん、貯金も少しだけど合ったし」

「ほー、行商の魚屋さんで買い物してたのか?」

「ううん、肉とか魚は給食だけ」

「野菜は?」

「ううん、そのへんの」

そういえば、ゆきちゃんちの田んぼや畑を俺は知らない。

俺の家は、農地改革で田畑が随分減ったとはいえ、

田んぼ10町歩、山林30町歩のこの集落では大きな百姓だった。

そして、この集落の大半の家は、俺の家の土地を耕して暮らしていた。

「急に一人になって怖かっただろう?」

「うん、もっといい子になるから帰ってきてくださいって毎日祈ってた」

「そっかー。あのさ、明日、三者面談に行ったらちょっと面倒なことになるかもだけど……」

「お母さんの事とか聞かれる?」

「ああ、多分な。絶対な…」

「俺が誘拐罪で捕まるかも知れない、最悪……」

「ええええええ、ゆきが勝手にこの家に来たのに?」

「ああ、ゆきちゃんは未成年者だからな」

「おにいちゃん、悪くないのに」

「うん、たとえ同意でも俺は32歳、ゆきゃんは15歳だからな」

「児童相談所に連絡するけどいいかな?」

「お兄ちゃんが捕まらないですみますように」

萩市の児童相談所にゆきちゃんが母親からネグレクトされて

俺の家で暮らしている事。

あした、中学校の三者面談がある事。

親が帰って来ないようなので、手続きがあるなら済ませたいことを告げた。

一応、警察に母親の捜索願を出し、

三者面談を終え、明後日、児童相談所にゆきちゃんを連れて相談にいくことになった。

面倒だから、先延ばしにしてたのも良くないよな。

10年もニートをしていると面倒ごとを全部なかったことにしてしまう。

まあ、言い訳、自己正当化しても問題が大きくなるだけなんだけどな。



「確かめておきたいんだけど、ゆきちゃんはここにいたいんだよな」

「うん、ずっとここにいるの」

「お母さん、見つかったらどうするんだ?」

「それでもここにいるの」

「わかった。で、高校はどうするんだ?」

「いかないの」

「ありゃまー」

「ゆきちゃん、お風呂に入っておいで。おかずつくるよ」

「はーい」

「ここの風呂も脱衣所が外にあればいいのにな」

「お風呂に入れるだけでもぜいたく」

風呂の中に棚があるだけでとても使いずらい設計だ。

「そういえば、ゆきちゃんちの風呂も脱衣所が中の棚だよな」

「一回、お風呂の中に蛇が泳いでいたんだって」

「ああ、その話聞いたことがある」

「沸かそうとしたらいたんだって」

「で、どうしたんだろう」

「放置してたらいなくなったって聞いたよ」

「俺も鶏小屋の卵産むところにとぐろ巻いてたことがあったよ」

「こわいね」

「手突っ込まなくて良かった」



小ぶりだか、脂がのって身の引き締まった秋鯖を三枚におろし、

半身は塩焼きにしようと塩を振った。

強火の遠火で焼き上げると香ばしい焼魚の香りが食欲をそそる。

あらはあら煮に使ってもうまいし、潮汁にしてもいいかも。

残りの半身は、刺身に。

これがまた、絶妙に上手い。

口の中でとろける。

東京に出た時、鯖が不味く驚いた。

俎板に何度も叩きつけなければいけない程、

身がでれんとしていた。

それに、生の刺身で食べれないと聞いて

?マークが10本くらいたった。

萩と津和野の中間は寒村だけど魚介も山菜も新鮮でめちゃくちゃうまい。

そして、焼き魚は煙までうまい。

あはは、わかんねーだろうな。

うん。

ピリ辛に炒めた秋ナスと秋サバ、

どちらも『嫁に食わすな』と言われている。

男尊女卑が微妙にまかり通る地方ならではの言い伝えかも知れない。

もちろん、俺は優しいからうまいもんはゆきちゃんに食べさせるけどな。

だって、あいつには笑顔でいて欲しいもん。

「リンドウ(竜胆)」の花言葉は「悲しんでるあなたを愛する」

明日は色々言われるだろうけど、決戦の幕開けである。
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