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春秋花壇

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婚約破棄 立冬

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 立冬は、二十四節気の第19。十月節。 現在広まっている定気法では太陽黄経が225度のときで11月7日ごろ。恒気法では冬至から7/8年後で11月6日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。 期間としての意味もあり、この日から、次の節気の小雪前日までである。

女が寂しさに負けてやけっぱちになり、

金と時間をもて余していると、

信じられないようなことをする。

わたくし、白木 知世 20歳は婚約破棄をされた。

お相手は、小牧 直樹様 32歳である。

婚約破棄の理由は、知世の常軌を逸した普段の生活であった。

何をどう捕らえ判断されたかは知世にはわからなかった。

お金の使い方も、考え方も普段の行動も一人の人の妻となるには

不適格だと判断されたのであろう。

知世は寂しくないためなら何でもする女であった。

世間がどうみるかとか、まったく気にしない狂人に近い行動をする。

たとえば、婚約破棄されて生きていくのがしんどいと感じた知世は、

錦糸町にあるホストラブで朝まで飲み明かし、

アフターでホスト3人と焼肉やで食事をし、喫茶店でお茶を飲んで別れた。

そのまま、家に帰るのかと思って見ていると、

ポルノの上映されている映画館に一人で入っていったのである。

映画が終わって、仕方なく家に帰ろうとタクシーを拾ったのだが、

こともあろうにタクシーの運転手をナンパした。

しらふなのにである。

見ず知らずの男なのに。

なんと破廉恥な。

たしかに、タクシーの運転手はイケメンでおいしそうだったのだろうが、

二人はそのまま彼の運転するタクシーでモーテルへと入っていった。

知世が先にシャワーを浴びて出てくると、

「ビール飲むわけにも行かないしな」

と、男は照れている。

男はタクシー運転手であり、勤務中なのである。

「しらふで女を抱くのは初めて?」

「いや」

恥ずかしいのか男は目線をあわせようともしない。

男がシャワーを浴びて、バスタオルを腰に巻いて出てくると、

「ヤバイカモ」

と、知世は少し後悔した。

男の背中、肩、腕、腿の付け根には、

しっかりと美しい刺青が入っていたのである。

しかも、色もきちんと入っていて、筋彫りだけの

半端ものではない。

男は、丁寧に知世を抱いた。

何度も、幼児の頃から監禁されたりしている知世は、

男を信じることができない。

いや、男も女も自分も信じることができなかった。

だから、どんなに愛されてもどんなに親切にされても

ただの行きずりの一人なのである。

戯れの後、知世は男の美しい刺青を指でなぞる。

菊花弁天のぞくっと寒気を覚えるほどの仕上がり。

三社祭などでいろんな人の刺青を見てきたが、

これほど美しいと思ったのは初めてだった。

男に惚れるというよりは、

この刺青とずっと一緒にいたいと思うほど、

魅せられたのである。

よせばいいのに、タクシーで自宅まで送ってもらった。

知世は、ひと時のアバンチュールを楽しむと

何もなかったかのように振り返ることもなく家へと入っていった。

名前も知らない電話番号も知らない一夜妻で終わるはずだった。

少なくとも、知世はそう思っていた。

ところが、朝目覚めてみると、男は知世の寝ているベッドにいた。

朝まで仕事をして、車は戻したと当たり前のように言う。

「?」

人間不信の癖に、無用心にも玄関横のサッシの鍵は開いていた。

こういう関係を人はセフレというのだろうか。

知世は刺青を愛し、男は知世の体に酔った。

からからと落ち葉が走り、

歩けばかさこそと音がする。

春夏秋は冬を待つ季節。

温かいコーヒーがおいしい季節になってきた。

知世は男がいても、家事をしない。

猫のように気ままに甘えて飽きるとぷいと外に出て行ってしまう。

広い家にコタツがポツリ。

コタツの上にはかごに載ったみかんが置かれている。

たまに一緒に食事に行ったり、

旅行に一緒に出かけて、雪の中で露天風呂を楽しんだり、

つかず離れず3年間。

奇妙な奇想天外な男との関係。

淡々と繰り返される日常の中で月日は過ぎていく。

いつの間にか気づくと、寂しくないためなら何でもするという

知世の悪い癖はなくなっていた。

いつも、菊花弁天と共にいたからである。

凍てついたシベリアのような知世の心も溶けていく。

ふと気づくと知世は男の好きな料理を少しずつ覚えていった。

ご飯を炊くときにバージンオリーブオイルを箸の先に一滴たらすことも。

味噌汁の隠し味に牛乳を少し入れることも。

塩昆布ときゅうりで浅漬けを作ることも。

魚を強火の遠火で焼くことも。

フライパンの振り方も……。

「おいしい」

男はそういってくれた。

軍手を科学雑巾のようにして掃除することも。

使い古しのストッキングではたきを作ることも。

「掃除したんだね」

頭を何度もなでてくれた。

優しくハグしてくれた。

「私なんか生まれてくるんじゃなかった」

と、いつもぼやいていた言葉も知世の唇から遠く離れていった。

誰にも愛されていない。

誰からも必要とされないという

虚無感は消え去っていた。

物事は白か黒かだけじゃなく灰色も青も赤も黄色もあることを知った。

そして、静かにゆっくりと感じることができるようになった。

あなたが時間をかけて育ててくれる。

何度も水を注いでくれる。

乾いた心が潤っていく。

愛で満たされていく。

感謝があふれ出してくる。

わたしはあなたに必要とされている。

あなたのかけがえのない存在になっていく。

泣くことも笑うことも許されなかった知世が

優しく微笑んでいられるようになったのである。

嬉しくて、楽しくて、明るくて……。


ある日、突然、男は帰ってこなかった。

少しずつ増えていった男の荷物はそのまま残っていた。

「ほかに好きな人でもできたのかしら」

みのが慕っても、見逃したって!


顔さえ、名前さえ忘れてしまった遠い昔の夢物語。

覚えているのは、頰擦りしたくなるような厳かな菊花弁天。

立冬、冬が始まるよ。

小さなうたかたの夢を花にしたようなカルーナの花が咲く。

魚が卵を産みつけたようなカルーナの花言葉は、連理の枝。

あなたと食事の席を共にしながらも潜んでいる暗礁,

平然と自分だけを養う羊飼い,

風であちこちに運ばれて雨を降らさない雲,

晩秋になっても実を付けず,

完全に死んで引き抜かれた木,

自分の恥という泡をかき立てる荒波,

やがて暗黒の闇に永久に包まれる,

さまよう星に戻ることがありませんように

あ・い・た・い
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