60 / 1,193
北京の空の下
しおりを挟む
昔々、昭和15年頃かな。
まだ日本は戦争中だった。
ここは、中国の北京。
俺は、北京の憲兵隊司令部勤務。
安藤 健司 30歳。
俺には、8人の妹がいる。
母は、教員をしながら子供たちをシングルマザーで育てていた。
だから、本当は上の学校に行きたかったが、
志願をして、憲兵になった。
今宵は、友達のダンスパーティーが行われる。
俺は、短めのチャイナ服を着て出席した。
さまざまな老若男女が入り乱れ、
それはそれは華やかな素敵なパーティーだった。
たいていの女性たちは、洋服のドレスやセクシーな
チャイナドレスを着ているのだが、振袖を着ている
それはそれは美しいお嬢さんがいた。
「あの人は誰?」
「北京の外務省でタイピストをしておられる田淵 可奈さん、24歳」
「きれいな人だね」
「しっかりしたお嬢さんだ」
「へー、いいねー」
「って、健司には内地に婚約者がいるだろう」
「ああ、親が勝手に決めた人だね」
「好きじゃないのか」
「好きも何もほとんど見たことがない」
「ほー」
まったく、男というものは美しい女を見ると、
まるで狩人のように品定めをし、ゲットしようとする。
しかーし、俺は日本国軍人である。
そのような軽はずみな行動を起こすわけにはいかない。
まして、名ばかりとはいえ、婚約者がいるのだから……。
その日は、紹介してもらい、世間話を一言二言交わした。
でも、気がつかれないようにずっと、彼女を目で追っていた。
俺は自慢じゃないが、女に持てる。
はいて捨てるほど、女が寄り付く。
兄弟は、8人みんな女なので、女の何たるかを
嫌というほど知っていた。
自分で言うのもなんだが、手馴れたもんだ。
だからといって、実がないわけじゃない。
大切にしたい人と遊びで付き合う女を分けているだけだ。
田淵 可奈さんのお友達の女の人と、俺の友達の男の人が
夫婦だったために、その後も何度も何度も会って一緒に麻雀したりするくらい
親しくなっていった。
ある日、いつになく賑やかにおしゃべりをして、
みんなが騒いでいた。
聞けば、一週間後、田淵 可奈さんは、大使のお世話でお見合いをするのだそうだ。
しかも、相手は有名な文豪の息子さん。
「良縁ね、決まるといいわね」
みんなは口々に彼女をからかったり、お祝いしたりしている。
俺はだんだん機嫌が悪くなっていった。
彼女の前に、つかつかと歩み寄っていくと、
「君は俺の嫁に決まっている人なんだ。
内地に帰って許可を得てくるから、
お見合いはなかったことにして欲しい」
その場にいた人たちはみんな、あっけに取られて
口をぽかんと開けている。
目を白黒させている人さえいる。
当時は家長制度がまだしっかりしていて、
俺がどんなに強く望んでも親の許可がなければ結婚することもできない。
彼女は、少しの間うつむいて、黙っていたのだが、
みんなに促されて、
「わかりました。待ちます」
と、凛とした表情ではっきりと答えた。
俺が、婚約破棄をしようとしている女性は、
妹たちの友達でもあったらしく、猛反対されたのだが、
みんなの前で断言した手前もあって、
頑として俺は言い張った。
母は、長男で男の子は俺一人なので
俺にすこぶる甘い。
30の男を捕まえて、
「ぼうがそういうなら、それでええよ」
やったー。婚約破棄成立。
相手に伝え、了承してもらうと喜び勇んで北京に向かう。
後日、友達が嫁になった可奈さんに
「安藤 健司さんのどこにひかれたの?」
と、聞くと、
「短めのチャイナ服から覗くおへそがかわいかった」
と、答えたそうだ。
いろんな恋花を聞くけど、へそに恋した女は始めてだよね。
明治生まれの俺と大正生まれの彼女が無事に結婚して暮らしたのは昭和の話。
妹たちの友達の元婚約者を破棄して結婚した嫁が、
8人の小姑からかなりむごいいびられかたをし、
5年も寝たきりの俺の母親を自宅介護で見取ってくれた苦労話はまた別な話。
残念ながら、日本は戦争に負け、家長制度の廃止、
農地改革、憲兵隊中尉だった俺も戦犯で公職追放。
小さな村だから働くところもなく、
生きていることが奇跡のような毎日だったが、
俺たち二人は墓に入るまで添い遂げることができたんだ。
苦労かけたな~♪
ありがとうな。
没落セレブの象徴のような菊の花がにおやかに咲き誇っています。
「高貴」「高尚」「高潔」の花言葉
まだ日本は戦争中だった。
ここは、中国の北京。
俺は、北京の憲兵隊司令部勤務。
安藤 健司 30歳。
俺には、8人の妹がいる。
母は、教員をしながら子供たちをシングルマザーで育てていた。
だから、本当は上の学校に行きたかったが、
志願をして、憲兵になった。
今宵は、友達のダンスパーティーが行われる。
俺は、短めのチャイナ服を着て出席した。
さまざまな老若男女が入り乱れ、
それはそれは華やかな素敵なパーティーだった。
たいていの女性たちは、洋服のドレスやセクシーな
チャイナドレスを着ているのだが、振袖を着ている
それはそれは美しいお嬢さんがいた。
「あの人は誰?」
「北京の外務省でタイピストをしておられる田淵 可奈さん、24歳」
「きれいな人だね」
「しっかりしたお嬢さんだ」
「へー、いいねー」
「って、健司には内地に婚約者がいるだろう」
「ああ、親が勝手に決めた人だね」
「好きじゃないのか」
「好きも何もほとんど見たことがない」
「ほー」
まったく、男というものは美しい女を見ると、
まるで狩人のように品定めをし、ゲットしようとする。
しかーし、俺は日本国軍人である。
そのような軽はずみな行動を起こすわけにはいかない。
まして、名ばかりとはいえ、婚約者がいるのだから……。
その日は、紹介してもらい、世間話を一言二言交わした。
でも、気がつかれないようにずっと、彼女を目で追っていた。
俺は自慢じゃないが、女に持てる。
はいて捨てるほど、女が寄り付く。
兄弟は、8人みんな女なので、女の何たるかを
嫌というほど知っていた。
自分で言うのもなんだが、手馴れたもんだ。
だからといって、実がないわけじゃない。
大切にしたい人と遊びで付き合う女を分けているだけだ。
田淵 可奈さんのお友達の女の人と、俺の友達の男の人が
夫婦だったために、その後も何度も何度も会って一緒に麻雀したりするくらい
親しくなっていった。
ある日、いつになく賑やかにおしゃべりをして、
みんなが騒いでいた。
聞けば、一週間後、田淵 可奈さんは、大使のお世話でお見合いをするのだそうだ。
しかも、相手は有名な文豪の息子さん。
「良縁ね、決まるといいわね」
みんなは口々に彼女をからかったり、お祝いしたりしている。
俺はだんだん機嫌が悪くなっていった。
彼女の前に、つかつかと歩み寄っていくと、
「君は俺の嫁に決まっている人なんだ。
内地に帰って許可を得てくるから、
お見合いはなかったことにして欲しい」
その場にいた人たちはみんな、あっけに取られて
口をぽかんと開けている。
目を白黒させている人さえいる。
当時は家長制度がまだしっかりしていて、
俺がどんなに強く望んでも親の許可がなければ結婚することもできない。
彼女は、少しの間うつむいて、黙っていたのだが、
みんなに促されて、
「わかりました。待ちます」
と、凛とした表情ではっきりと答えた。
俺が、婚約破棄をしようとしている女性は、
妹たちの友達でもあったらしく、猛反対されたのだが、
みんなの前で断言した手前もあって、
頑として俺は言い張った。
母は、長男で男の子は俺一人なので
俺にすこぶる甘い。
30の男を捕まえて、
「ぼうがそういうなら、それでええよ」
やったー。婚約破棄成立。
相手に伝え、了承してもらうと喜び勇んで北京に向かう。
後日、友達が嫁になった可奈さんに
「安藤 健司さんのどこにひかれたの?」
と、聞くと、
「短めのチャイナ服から覗くおへそがかわいかった」
と、答えたそうだ。
いろんな恋花を聞くけど、へそに恋した女は始めてだよね。
明治生まれの俺と大正生まれの彼女が無事に結婚して暮らしたのは昭和の話。
妹たちの友達の元婚約者を破棄して結婚した嫁が、
8人の小姑からかなりむごいいびられかたをし、
5年も寝たきりの俺の母親を自宅介護で見取ってくれた苦労話はまた別な話。
残念ながら、日本は戦争に負け、家長制度の廃止、
農地改革、憲兵隊中尉だった俺も戦犯で公職追放。
小さな村だから働くところもなく、
生きていることが奇跡のような毎日だったが、
俺たち二人は墓に入るまで添い遂げることができたんだ。
苦労かけたな~♪
ありがとうな。
没落セレブの象徴のような菊の花がにおやかに咲き誇っています。
「高貴」「高尚」「高潔」の花言葉
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
日本史
春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット
日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。
1. 現代社会への理解を深める
日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。
2. 思考力・判断力を養う
日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。
3. 人間性を深める
日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。
4. 国際社会への理解を深める
日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。
5. 教養を身につける
日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。
日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。
日本史の学び方
日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。
まとめ
日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる