いとなみ

春秋花壇

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婚約破棄 師走

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「竜くん、だーいすき」

「ぼくも美穂ちゃん、だーいすき」

ぼくと美穂ちゃんは幼馴染で、

とっても仲良しだった。

親同士も仲がよく、

「ぼく、大人になったら美穂ちゃんお嫁さんに貰うの」

「わたし、大人になったら竜くんのお嫁さんになるの」

家族もみんな喜んでくれ、二人は結婚式ごっこをして遊んでいた。

教会のバージンロードを美穂ちゃんは、お父さんに導かれながら歩いていく。

ぼくは、新婦様のところで、熱い口付けと、結婚指輪の交換と、

誓いの言葉を言うために君を待っている。

「うん、これは二人の約束」

こうして、ぼくたちは婚約した。

当時二人とも、7歳である。

あれから、たくさんの時間が流れ、

ぼくたちは時折あったりして、

愛を確かめ合っていた。

永遠に続く明るい希望満載の青春だった。

ところが、ぼくはいじめに逢い、だんだん性格が変わっていった。

卑屈な自信のない暗い毎日。

当然のように、美穂ちゃんがまぶしくて見ることができなくなる。

あれは、夢だったんだ。

いつしか、結婚の約束も無理と勝手に思い込み、

ぼくは、ゲームにのめりこんでいく。

たまに、小説を書いたりするんだが、

調子がよくて、矢継ぎ早に連載できるときは、

読んでくれる人もいるのだが、

継続できなくなると、

作品のPVは0に等しくなっていった。

めんどくさくなって、だんだん小説を書かなくなった。


朝冷たい便座に座る時の緊張感。
土日で混んでる時に食べに行って、
厨房から怒号が聞こえてくると、ちょっと萎縮しちゃうよね。
ステーキの焼き方を聞かれた時の、かすかな緊張感。
「俺も怒りたくて怒ってるんじゃないんだよ!」って怒られても。
源氏パイって、そろっと食べるね。
新しい消しゴムは、一回カバーをずらして表面のパウダーみたいのを、なでるね。
銀行で待っている時、もしここで銀行強盗が入ってきたら、俺がやっつけて英雄扱いされるとか妄想するよね。
みんなが黙って静かにしている時に、一人が咳払いすると、俺も俺もって一気に咳払いしだすよね。
3分の砂時計、本当にぴったり3分か計ってみるよね。



1年がたち、2年がたち、3年がたった。

ぼくは、完璧なニートになった。

どうだい。かっこいいだろう。

今、流行の34歳ニート。

大学は卒業できたのに、

社会は甘くないってか?

そんなときに、変な女にゲームの中で出会った。

彼女は、ぼくの小説をほめてくれた。

一生懸命読んで感想をくれた。

ツイッターで宣伝もしてくれた。

書いていなかったぼくの小説は

どんどんPVが増えた。

彼女の励ましもあり、

ぼくはまた、小説を書き始めた。

ひょっとしたら、プロになれるかもしれない。

このどうしようもないニート生活から脱却できるかもしれない。

おぼろげな期待が、希望をもたらす。

ぼくは書くのが楽しかった。

相変わらず、みんなの評価は辛く、

今流行の俺TUEEEや悪役令嬢などはかけないのだが。

何作も何作も書いた。

だけど、みんなの評価は相変わらずからかった。

彼女は、ぼくを一生懸命励ましてくれる。

ぼくはそれが嬉しくて、また小説を書く。

その繰り返しをしているときに、

ちょっと前まで一緒にゲームで遊んでいた

別な彼女から誘いが来た。

疲れていたし、面白そうなので、

誘いに乗った。

何回かそんな繰り返しがあり、

ぼくの生活時間はまたもとの昼夜逆転に戻っていく。

昼近くまで寝て、起きたらゲームして、

たまに小説書いて、

せっかく続いていた長編も、

もう一月も続きを出せていない。

だけど、ぼくの頭での中では、

バージョンアップされるゲームのことで

頭がいっぱいだった。

小説をほめてくれた彼女は泣き叫ぶ。

ぼくが屠られる牛のように引いていかれるからだろう。

ぼくが、他のゲームまでしはじめたからだろう。

ひとつひとつのぼくの Be Choice of

すべてはぼくが決めている。

親でもいじめた人たちでも社会でもない。

ぼく自身が選択して実行していく。

彼女は、ぼくにお父さんの嫌いなところを書き出せといった。

ぼくは父が好きではないから、

やらないで放置した。

彼女は、ぼくが引きこもるのは父に感謝できないからだと

思っていた。鏡の法則だといっていた。

ぼくは、彼女からのあらゆるチャンスをひとつひとつ、

黒く塗りつぶし、無視していった。

そして、元の木阿弥。

ぼくはもともと、体が丈夫ではなかった。

アトピーもあるし、風邪も引きやすい。

あげくに、腐ったカレーを食べてしまって、

吐いて下痢して大変だ。

それでもぼくは、ゲームにログインする。

みんなが必要としてくれるから。

ぼくを励まし続けている彼女が

幼馴染の許婚だとはぼくは気づいていない。

たぶん、たくさんの女に引かれていくぼくに

彼女は愛想を尽かしたんだと思う。

最近では、小説の宣伝もしてくれなくなった。

ああ、ぼくはこのまま年をとっていくのかな。

親の年金で暮らしていくのかな。

蝋梅、南天、大神楽、師走の茶花は

なんとなく、よそよそしい。

変わりたいと思いながら、洗われても泥にまたまみれてしまう豚のように

ぼくのように弱弱しく飽き飽きする。

1年間も変えようとしてくれたのに……。

ありがとう

「チャンスはそうなんどもないのよ」

彼女はぽつりとつぶやき、ぼくの前から消えた。

ラインにはたった一言。

背水の陣

と、書かれていた。

「ああ」

必要なものはすべて与えられている。

彼女は口癖のように言っていた。

選ぶのはぼくだと……。

ここでね。

ゲームを全部アンインストールして、

あらゆる小説の催しに必死で参加して、

ついに1年後、直木賞とか芥川賞とかだったら

かっこいいんだろうな。

ね、あなたもそう思うでしょう。

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