好きな人に会えないのはすごく寂しいけど 好きな人に「会いたい」と思われていないのはもっともっと寂しいよ

転生した男爵令嬢の苦悩

転生した男爵令嬢の苦悩

私はカトリーナ・レミントン。転生して気づいたら、辺境の小さな領地を治める男爵家の令嬢になっていた。初めは驚いたが、美しいドレスと豊かな暮らしに少しだけ心が浮ついたのを覚えている。

しかし、この世界はただの乙女ゲームの舞台だということを知ったのは、転生してからしばらく経ってからだった。そしてさらに残酷なことに、この世界で私は「モブ」に過ぎない存在だった。主人公でも悪役令嬢でもない。ただの背景の一部だ。

それでも私は、この世界を自分なりに楽しもうと決めた。少しでも自分らしい生き方をしようと努力していた。そんなある日、彼と出会った。

彼――レオン・クロフォード。侯爵家の跡取り息子で、この世界の乙女ゲームにおけるメイン攻略キャラの一人だ。金色の髪に碧い瞳、まるで絵画から抜け出したような美貌。そして優雅な物腰。私は初めて彼と会話したとき、その魅力に心を奪われた。

彼は礼儀正しく、私にも分け隔てなく接してくれた。その一言一言が、私の孤独な心を満たしてくれるようだった。

ただ、彼には想い人がいることを私は知っていた。それは、このゲームの主人公、セシリア・ホワイトフィールドだ。どんな困難も笑顔で乗り越える天真爛漫な少女。ゲームの中でも彼女はレオンの心を掴み、最終的に幸せな結末を迎える設定だった。

「彼にとって私は、ただの知り合いにすぎない。」

そう頭ではわかっていた。それでも、私は彼に惹かれていく気持ちを止められなかった。

彼と会えるのは、貴族の社交の場だけだった。舞踏会やパーティーでたまに視線を交わし、ほんの短い会話を交わす。それだけでも、私にとっては貴重な時間だった。

しかし、彼の瞳がセシリアを追う姿を見るたび、胸が締め付けられるような思いをした。彼女のことを嬉しそうに語る彼を見ていると、自分がまるで空気のような存在に思えた。

「好きな人に会えないのは寂しいけど、好きな人に『会いたい』と思われていないのはもっと寂しい。」

心の中で何度もそう呟きながら、私は舞踏会の隅でただ彼を見つめていた。

ある夜、パーティー会場のテラスで一人佇んでいると、背後から彼の声が聞こえた。

「カトリーナ、こんなところにいたんだね。」

振り返ると、彼が微笑んで立っていた。その顔を見るだけで、私の心は熱くなる。

「少し空気を吸いたかっただけです。」

私は努めて平静を装いながら答えた。

「君とは、もっと話をしたいと思っていたんだ。」

彼の言葉に胸が高鳴る。だが、それがどんな意味を持つのかを考えた瞬間、希望と絶望が入り混じった感情が押し寄せた。

「……なぜ私に？」

勇気を振り絞って尋ねると、彼は少しだけ困ったように笑った。

「君の話には、いつも新鮮な発見がある。それに、君は僕が知らないことをたくさん知っているんだ。」

彼の言葉は、私にとっての救いでもあり、同時に突きつけられる現実だった。彼が求めているのは、私という人間ではなく、ただの興味深い話題や知識なのだと。

それから数日後、セシリアがレオンに告白し、二人が正式に婚約したという知らせが貴族社会を駆け巡った。

そのニュースを聞いたとき、私は泣かなかった。むしろ、妙にすっきりとした気分だった。

「これでよかったんだ。」

彼の幸せを思うと同時に、自分の中でくすぶっていた淡い期待をようやく手放すことができた気がした。

そして私は決めた。これからは自分自身の人生を歩むことを。

彼に会えない寂しさや、「会いたい」と思われない虚しさは、もう私を縛らない。私はこの世界で、自分だけの物語を紡ぐ。誰かの背景ではなく、自分が主役の物語を。

それが、この転生の世界で私が見つけた、唯一の救いだった。