春秋花壇

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目勝つ者

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「目勝つ者」

夏の終わり、涼やかな風が田んぼを吹き抜ける中、村の広場に多くの人が集まっていた。毎年行われる「相撲神事」の日だった。村人たちがこの日を待ち望んでいたのは、単なる伝統ではなく、何か特別なことが起こる予感が漂っていたからだ。

今年の神事には、田舎の小さな村には似つかわしくないほどの注目が集まっていた。それは、村で最も強いと名高い男、豪太(ごうた)と、外から来た謎の男、修司(しゅうじ)との対決が決まっていたからだ。豪太はこれまでに誰一人として倒すことができなかった村の誇り。だが、修司という外の男は、豪太に勝つと豪語し、自信満々で広場に姿を現したのだ。

「豪太さんが負けるわけないよ!」と、村の子供たちは興奮しながら広場の端に座り、わくわくと待っていた。大人たちも半ば当然の結果を予期しているように、静かにその場を見守っていた。

修司は、痩せた体つきで、力強さは感じられなかった。だが、その鋭い目つきは、まるで相手を見通すかのような威圧感があった。彼の姿を見た瞬間、村人たちはなんとなく違和感を覚えたが、口にする者はいなかった。

広場の中央で、豪太と修司が向き合った。二人の体格は対照的だった。豪太は筋肉の塊のような逞しい体つきをしており、修司は細身で軽そうだった。しかし、修司は怯むことなく、じっと豪太の目を見つめていた。

「修司、お前みたいな細い体で、俺に勝てると思ってるのか?」豪太は嘲笑を含む声で問いかけた。

「勝つかどうかは、力だけでは決まらない」と修司は静かに答えた。

その言葉に、豪太はさらに笑みを浮かべた。「そんな綺麗事が通用するほど甘い世界じゃねえぞ!」

だが、修司は微動だにせず、豪太を見据えたままだった。村人たちも緊張感が漂い始める。豪太の圧倒的な体力と自信に対して、修司がどう立ち向かうのか誰もが興味津々だった。

「始めろ!」と村の長老が合図を出すと、二人は一斉に動き出した。豪太はその巨体で突進し、力任せに修司を押し倒そうとした。しかし、驚くべきことに、修司は一歩も引かず、逆に豪太の攻撃をいとも簡単にかわした。さらに修司の目は、まるで豪太を飲み込むような鋭い光を放っていた。

「こいつ…」豪太は一瞬、体が硬直した。修司の目つきがただ事ではないことを感じ取ったのだ。その瞬間、豪太は自分の力が封じられているかのような感覚に陥った。修司の目に圧倒されたのだ。

「これが…目勝つということか…」豪太は内心で呟いた。

修司の目はまさに「目勝つ」力を持っていた。気後れすることなく、相手を見つめ、その目力で圧倒する。その瞬間、力で勝つことがすべてではないと豪太は理解した。

再び豪太は力を振り絞り、修司に向かって突進したが、彼の動きは鈍くなっていた。修司はその瞬間、豪太の足元をすくうように動き、豪太は驚いたようにバランスを崩し、地面に倒れた。広場全体が静まり返る。

「やった…のか?」村の誰かが呟いた。

修司は豪太を見下ろしながら、言った。「力だけじゃない。相手の心を読むこと、そして相手を圧倒する意志。それが勝つために必要なことだ。」

豪太は息を切らしながらも、倒れたまま苦笑いを浮かべた。「お前…ただの細い奴じゃなかったな。俺の負けだ。」

村の人々は信じられないような顔でその光景を見つめていた。豪太が負けるとは、誰もが思っていなかった。だが、修司の静かな強さに、次第に敬意が湧いてきた。修司は豪太に手を差し出し、彼を立たせた。

「これが、真の強さだ」と修司は呟いた。

その日の神事は、村に新しい風を吹き込んだ。力だけでなく、心の強さ、そして相手を見つめる目の力がいかに重要かを、村の人々は知ることとなった。

豪太もまた、この経験を通じて成長した。自分の力を過信せず、心の目を開くことの大切さを学んだのだった。それ以来、彼は自分を鍛えるだけでなく、他人との対話や理解にも努めるようになった。

修司が村を去る時、豪太は深々と頭を下げた。「またいつか、戦おう。」

修司は微笑み、静かに村を後にした。その背中には、圧倒的な力が感じられたが、それは決して見た目の強さだけではなく、その目に宿る強い意志が、村全体をも変える力を持っていたのだった。


***

ま‐か・つ【目勝つ】 の解説
[動タ四]気おくれせずにらみつけて圧倒する。
「八十万 (やそよろづ) の神 (かみたち) あり。みな—・ちて相問ふことを得ず」〈神代紀・下〉




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