名言

「憧れるのをやめましょう。今日トップになるために来たので」

「憧れるのをやめましょう。今日トップになるために来たので」

大谷翔平

冬の寒さが肌を刺す朝、田中美里はトレーニングウェアに身を包み、スポーツジムの入り口に立っていた。背筋をピンと伸ばし、視線を前に向ける。窓越しに見える灰色の空は、今日もまたどこか陰鬱で、気分を重くさせた。しかし、美里はそんなことを気にしている暇はなかった。今日という日が、彼女にとっての分岐点だと心の中で決めていたから。

「今日こそ、絶対に勝つ。」

口の中で繰り返しながら、ジムのドアを開けた。中に入ると、すぐにトレーニング中の人々のざわめきが耳に入った。彼女の目はすぐにその中にいる数人の女性アスリートに注がれる。皆、競技者として日々努力を重ねているのだろう。美里もまた、その一人だ。

だが、ここで思うのは、憧れることの無意味さだ。美里は今まで、多くの先輩アスリートや、テレビで見た有名な選手に憧れ、彼女たちのようになりたいと思ってきた。しかし、もうそんな考え方は捨てた。自分を他人と比べ、ただ追いかけるのではなく、今ここで自分がどう戦うか、どう勝つかを考えなければならない。

美里はジムの隅に置かれたベンチプレスのところへ歩み寄り、準備を始めた。今日、彼女は競技での新たなステージを目指している。そのためには、まず自分の中の「憧れ」を捨て去る必要があった。

「やめましょう、憧れるのを。今日トップになるために来たので。」

心の中でそう呟きながら、腕を伸ばしてバーベルを持ち上げる。彼女の身体は、すでに熱を帯びてきていた。最初の数セットは順調だ。だが、次第に疲労が肩にのしかかる。息が荒くなり、腕が震え始める。

その時、ジムの一番奥にいる女性が目に入った。彼女もまた、ベンチプレスの前に座り、冷静にセットをこなしている様子だ。その女性、名前は長谷川舞、競技の世界で名を馳せたトップアスリートであり、彼女の姿は美里の中でかつて憧れの象徴だった。

「舞さん、すごいな…」美里は小さな声でつぶやく。舞は他の誰とも違うオーラを放っている。その姿を見て、かつての美里ならばまた「自分もあんな風になりたい」と思うところだった。

しかし、美里は今、そうではない。舞が何をしていようと、もう美里は他人と比べることをやめている。美里にとって大切なのは、今この瞬間、どう自分の身体を最大限に引き出し、どう結果を出すかだった。

深呼吸をして、再びバーベルに手を伸ばす。舞のことを意識する暇もなく、集中する。手のひらに感じる冷たい感触、引き上げるたびに感じる胸の痛み、それらすべてが美里を更に追い立てる。

「自分が一番だ。」美里は心の中でそう決めた。決して他人を見下すのではなく、自分を信じる力を強く持つことが大切なのだ。誰かに憧れたり、依存することではなく、自分が自分を引き上げる力を持っていることを証明するために、今ここで全力を尽くす。

汗が額を伝い、腕にかかる負荷が次第に強くなる。だが、美里の顔には疲れの色は見えない。むしろ、追い込まれることで心が引き締まっていくのを感じていた。

「もう一セット。」美里は自分にそう言い聞かせる。限界を越えるために、もう一度だけ挑戦する。トップになるためには、まだまだ足りない。身体が悲鳴を上げる中でも、気力を振り絞ってバーベルを上げる。最初は無理かと思ったが、心の中で湧き上がるエネルギーが、腕を動かす力に変わっていく。

一瞬の静寂。その後に訪れる達成感。バーベルをラックに戻し、深く息をつくと、全身にかけていたプレッシャーが一気に解放された。美里はその瞬間をしっかりと味わう。心臓の鼓動が早く、でも力強い。それが、彼女が今ここで感じている「勝者」としての証だった。

周りを見渡すと、舞もトレーニングを終えて、軽くストレッチをしている。その姿に、以前のように憧れを感じることはなかった。ただ、尊敬する気持ちが少しだけ心に浮かぶ。舞もまた、自分と同じように努力してきたのだろう。それは、どんなトップアスリートも同じだということを、美里はしっかりと理解していた。

美里はその後、ジムを後にした。外の寒さに身を引き締めながら、心の中では新たな決意が固まっていた。これからは、憧れではなく、挑戦者として進んでいく。自分の力で、最高の自分を目指して。

「今日から、私は自分のために生きる。」美里は静かに呟きながら、足早に歩き出した。