名言

ピッチングにしてもバッティングにしても、自分の形をどれだけ高いレベルでできるのかなっていうところに楽しみがある。

ピッチングにしてもバッティングにしても、自分の形をどれだけ高いレベルでできるのかなっていうところに楽しみがある。

（大谷翔平）

高みを目指して

夕焼けに染まるグラウンドで、健太（けんた）は一人、黙々とボールを投げ込んでいた。捕手のいないネットに向かって、ただひたすらに、腕を振る。ボールがネットに吸い込まれる鈍い音が、静かなグラウンドに響く。

健太は高校二年生。野球部に所属しているが、決して恵まれた選手ではなかった。ずば抜けた才能があるわけでも、恵まれた体格をしているわけでもない。それでも、健太は野球が好きだった。いや、好きというよりも、野球を通して、自分を高めていくことに、言い知れぬ喜びを感じていた。

「ピッチングにしてもバッティングにしても、自分の形をどれだけ高いレベルでできるのかなっていうところに楽しみがある。」

それは、健太が尊敬する野球部の監督、村上（むらかみ）から教わった言葉だった。村上は、かつてプロ野球選手として活躍した経歴を持つ、厳しくも温かい指導者だった。

「野球は、自分との戦いだ。」村上はよく言った。「相手がどうこうではない。自分がどれだけ成長できるか、どれだけ高みを目指せるか。そこに、本当の勝負がある。」

健太は、その言葉を胸に、毎日練習に励んでいた。他の部員たちが遊びに行く時間も、健太はグラウンドに残って、素振りやランニングを繰り返した。地道な努力を続けることでしか、自分を高める方法はないと信じていた。

健太の武器は、制球力だった。速い球を投げることはできないが、丁寧にコースを突き、打者の打ち気をそらすピッチングを持ち味としていた。しかし、それだけでは、高いレベルで通用しないこともわかっていた。もっと球速を上げたい。もっと変化球の精度を高めたい。常に、上を目指していた。

ある日、練習後、健太は村上に声をかけられた。

「健太、最近、調子はどうだ？」

「はい、監督。自分なりに、頑張っています。」

「お前は、本当に努力家だな。」村上は優しく微笑んだ。「だが、努力だけでは、限界がある。時には、壁にぶつかることもあるだろう。」

「はい…」健太は俯いた。最近、球速が伸び悩んでいることを感じていた。

「壁にぶつかった時は、どうすればいいと思う？」村上が問いかけた。

健太は少し考えた後、答えた。「…諦めずに、努力し続けることだと思います。」

「それも大事だが、それだけではない。」村上は首を横に振った。「壁を乗り越えるためには、新しい視点が必要だ。違う角度から物事を見ることで、今まで見えなかったものが見えてくる。」

村上は、健太に一冊の本を渡した。野球の技術書ではなく、身体の使い方に関する本だった。

「この本を読んでみろ。何か、ヒントになることがあるかもしれない。」

健太は、その本を読み込んだ。今まで意識していなかった、身体の重心移動や、筋肉の使い方について、詳しく解説されていた。健太は、今まで自己流でやってきたピッチングフォームを見直し、本の教えを参考に、少しずつ修正を加えた。

最初はぎこちなかったフォームも、繰り返すうちに、自然な動きになっていった。そして、ある日、ネットに向かって投げたボールの球速が、明らかに以前よりも速くなっていることに気づいた。

「本当に、速くなってる…！」

健太は、自分の成長を実感し、胸が高鳴った。新しい視点を取り入れることで、壁を乗り越えることができたのだ。

その後も、健太は努力を続けた。変化球の練習にも、今まで以上に熱心に取り組んだ。本で学んだことを応用し、様々な握り方やリリース方法を試した。

そして、夏の大会がやってきた。健太は、チームのエースとして、マウンドに上がった。以前よりも球速が増し、変化球の精度も格段に上がっていた。打者たちは、健太のピッチングに翻弄され、なかなか打ち崩すことができない。

健太は、一試合一試合、自分のピッチングを磨き上げていった。相手打者との駆け引き、状況に応じた投球術、そして何よりも、自分の持てる力を最大限に発揮することに集中した。

結果、健太のチームは、県大会で優勝し、甲子園への切符を手に入れた。甲子園のマウンドでも、健太は臆することなく、自分のピッチングを貫いた。結果はベスト8だったが、健太は、悔いなく、大会を終えることができた。

大会後、健太は村上に呼ばれた。

「健太、よくやったな。」村上は、健太の成長を心から喜んでいた。「お前は、本当に大きく成長した。それは、お前自身が、高みを目指し続けたからだ。」

健太は、村上の言葉に、深く頷いた。甲子園という舞台を経験し、さらに高いレベルの選手たちと対戦することで、自分の課題も明確になった。まだまだ、成長できる余地がある。

「監督、ありがとうございます。でも、これで終わりではありません。もっと、上を目指します。」

健太の言葉に、村上は満足そうに微笑んだ。

「そうだ。それでこそ、お前だ。ピッチングにしてもバッティングにしても、自分の形をどれだけ高いレベルでできるのかなっていうところに楽しみがある。その気持ちを忘れずに、これからも高みを目指し続けてほしい。」

健太は、夕焼け空を見上げた。空には、茜色の雲が、力強く広がっていた。健太の心には、新たな目標が燃え上がっていた。もっと速い球を投げたい。もっとキレのある変化球を投げたい。そして、もっと、もっと、高いレベルで、自分の野球を表現したい。

健太の挑戦は、まだ始まったばかりだ。高みを目指す旅は、これからも続いていく。