名言

「思い」からどうやってやればいいのかなって生まれてくる。

「思い」からどうやってやればいいのかなって生まれてくる。

（大谷翔平）


始まりの絵筆

薄暗いアトリエで、少女、コハルはキャンバスに向かっていた。目の前には、未完成の風景画。夕焼け空のグラデーションを描こうとしているのだが、どうしても色が濁ってしまう。何度も筆を動かすが、納得のいく色が出せない。

「ああ、まただ…」コハルは小さくため息をついた。絵を描くことは好きだった。幼い頃から、目に見えるもの、心に感じることを絵にすることで表現することに喜びを感じてきた。しかし、最近は壁にぶつかっていた。頭の中には描きたいイメージがあるのに、それを上手く表現できないのだ。

コハルは、有名な画家である祖父の影響で絵を描き始めた。祖父は、コハルに技術的なことだけでなく、「心で感じること」の大切さを教えてくれた。「絵は技術だけじゃない。心で感じたものを、どう表現するかが大切なんだ。」祖父の言葉は、今でもコハルの心に深く刻まれている。

しかし、最近のコハルは、技術ばかりに気を取られていたのかもしれない。どうすれば綺麗なグラデーションになるのか、どうすれば遠近感を上手く表現できるのか。頭の中で計算ばかりしていて、本当に描きたいものが何なのか、見失っていた。

その日も、夕食の時間になっても、コハルはアトリエにこもっていた。心配した母が様子を見に来た。「コハル、ご飯よ。またそんなに遅くまで…」

「うん、今ちょっと…」コハルは曖昧に答えた。

母は、コハルの様子を見て、優しく言った。「コハル、無理しなくてもいいのよ。絵を描くのは楽しいことでしょう？辛い顔をして描くのは、コハルの絵じゃないわ。」

母の言葉に、コハルはハッとした。そうだ、絵を描くのは楽しいことだった。心で感じたことを表現する、喜びの表現だった。いつの間にか、技術を追い求めるだけの、苦しい作業になってしまっていた。

その夜、コハルは眠りにつくまで、色々なことを考えた。祖父の言葉、母の言葉、そして自分が本当に描きたいものは何なのか。

翌朝、コハルは早起きしてアトリエに向かった。昨日までとは違い、心は穏やかだった。キャンバスの前に座り、目を閉じた。心の中で、夕焼け空を思い描いた。赤く染まった空、雲の流れ、そして夕焼けに照らされた風景。

目を開けたコハルは、迷うことなく筆を手に取った。昨日までのように、色を混ぜる計算はしなかった。ただ、心に浮かんだ色を、そのままキャンバスに置いていった。赤、オレンジ、黄色、紫…筆を動かすにつれて、色が混ざり合い、美しいグラデーションが生まれていった。

気づけば、数時間が経っていた。キャンバスには、自分が思い描いていた通りの夕焼け空が描かれていた。昨日までとは全く違う、生き生きとした、力強い夕焼け空だった。

コハルは、自分の描いた絵を見て、深い感動に包まれた。そうだ、これだ。自分が描きたかったのは、この絵だ。技術も大切だけど、それ以上に大切なのは、心で感じること。そして、その心を素直に表現すること。

その時、祖父の言葉が再びコハルの心に響いた。「思いが先にある。どうすればいいのかは、その思いから生まれてくるんだ。」

コハルは、ようやくその言葉の意味を理解した。どうすればいいのか、と考える前に、まず何を描きたいのか、何を表現したいのか、心で感じることが大切なんだ。その強い思いがあれば、どうすればいいのかは、自然と見えてくる。

それからのコハルは、以前よりも自由に、そして楽しく絵を描くようになった。技術的なことにも興味を持ち続けながらも、それにとらわれることなく、自分の心を表現することを大切にした。

ある日、コハルは街のギャラリーで個展を開くことになった。会場には、様々な絵が飾られていたが、その中でも特に目を引いたのは、夕焼け空を描いた一連の作品だった。

訪れた人々は、コハルの絵を見て、様々な感想を口にした。「とても綺麗な夕焼けですね。」「心が温まる絵です。」「この絵を見ていると、故郷を思い出します。」

コハルは、人々の言葉を聞きながら、心の中で感謝の気持ちでいっぱいになった。自分の描いた絵が、人々の心に何かを伝えることができた。それは、コハルにとって、何よりも嬉しいことだった。

個展の最終日、コハルの元に、一人の老人が訪れた。それは、長い間音信不通だった、祖父だった。

祖父は、コハルの描いた夕焼け空の絵をじっと見つめ、静かに言った。「コハル…いい絵を描くようになったな。お前の絵には、心がこもっている。」

コハルは、祖父の言葉に涙が溢れてきた。祖父に認められたことが、何よりも嬉しかった。

「おじいちゃん…ありがとう。」コハルは、涙ながらに言った。

祖父は、優しくコハルの肩に手を置いた。「コハル…忘れるな。思いが先にある。どうすればいいのかは、その思いから生まれてくるんだ。」

コハルは、力強く頷いた。祖父の言葉は、コハルの心に深く刻まれた。これからも、自分の心を大切にして、絵を描き続けていこう。コハルは、そう心に誓った。