名言

塗り潰す力

僕はマイナス思考なんですよ。良かった時より、悪かった試合の記憶のほうが残る。だから弱点が見えたら、しっかり直して塗り潰したい気持ちが強いんです。

大谷翔平


「塗り潰す力」

瑛斗（えいと）は試合後、ひとりスタジアムの外に立っていた。冷たい風が顔に当たるが、彼はそれを感じないほど、心の中は熱く渦巻いていた。試合でのミスが頭の中を何度も反復している。あの瞬間、あのパスミス――それが全てだったように思えた。

「もう少しで決められたのに…」

瑛斗は無意識に声に出していた。試合が終わり、チームメイトたちは賑やかに歓談している。だが、彼はその中に加わることができなかった。皆が笑っているのに、自分だけがその笑顔を見ていられなかった。何故だろう？勝ち試合でもなく、何かを成し遂げたわけでもない。むしろ、自分のミスで足を引っ張ったように感じていた。

瑛斗はその場を離れ、静かな場所へ向かう。練習場の片隅にある古びたベンチに腰を下ろし、目を閉じた。試合の記憶が鮮明に蘇る。最初のチャンス、あのパスを受けた瞬間に何かを感じた。でも、つい焦ってしまった。あの瞬間、プレッシャーが体に染み込んで、つい普段通りのプレイをできなかった。結局、相手にボールを取られてしまい、それが失点の原因になった。

「これじゃダメだ…」

瑛斗は力なく呟いた。何度もこのような負け試合を経験してきたが、どうしてもその記憶は消えなかった。むしろ、良かった試合よりも、失敗の方が強く印象に残る。なぜか、悪い部分に目がいってしまう自分を、瑛斗はどうしても許せなかった。

「弱点が見えると、それがどうしても気になるんだ」

彼は小さくため息をついた。今まで数えきれないほどの試合をこなしてきたが、どんなにいいプレイをしても、後から思い出すのはミスの数々だった。自分がそれを克服できない限り、次の試合でもまた同じようにミスしてしまうのではないかという恐怖に駆られる。

だから、瑛斗は「直したい」という思いが強い。試合の反省点をすぐにでも修正したい。自分の欠点を克服し、それを塗り潰したいという欲求に駆られていた。彼の中で、何かが完璧に仕上がる瞬間を望んでいた。しかし、完璧なんて存在するのだろうか？

その時、ふと隣で誰かの足音が聞こえた。瑛斗は顔を上げると、そこにチームのキャプテンである涼（りょう）が立っていた。涼は彼に気づき、にっこりと笑った。

「お疲れ、瑛斗」

「涼…」

瑛斗は力なく答えた。涼は瑛斗の心情を理解しているのだろう、彼の隣に座って肩をポンと叩いた。

「ミスは誰にでもある。でも、瑛斗がここまでこだわってるってことは、もっと上を目指したいってことだろ？」

瑛斗は黙って頷いた。涼の言葉は、すっと彼の心に染み込んだ。涼は続けた。

「でもな、完璧を目指すあまり、自分を追い込みすぎると、それがまた壁になってしまうこともあるんだ。俺も昔、ミスが頭から離れなくて、どんどん焦るばかりだった。でも、あんまり気にしすぎてプレイに支障をきたすのは、本当の意味での成長には繋がらないよ。」

「でも、直したいんだ。ミスを繰り返さないためにも、弱点をしっかり克服しないと、って思うから…」

「分かる。でもな、完璧を求めすぎても、自分のペースを見失ってしまう。ミスをした自分を責めることなく、それを学びとして次に活かすことが大事だと思うよ。」

瑛斗は涼の言葉に耳を傾けながら、少しだけ心が軽くなったような気がした。それでも、彼の中には「直さなければならない」と感じる気持ちが消えるわけではなかった。だが、涼の言葉には確かに力があった。

「ミスを恐れず、前に進むこと。それが成長だ。」

瑛斗はその言葉を噛みしめながら、深呼吸をした。確かに、ミスを塗り潰すために焦ってはいけない。大切なのは、それをどう活かして次に繋げるかだ。完璧であることを目指すあまり、自分のペースを乱すことが一番の敵だと気づいた。

その後、瑛斗は涼とともに練習に戻り、少しずつ自分のペースを取り戻していった。ミスを恐れず、それを受け入れることで、彼の心は軽くなった。そして、次の試合では新たな自分を見つけることができると信じていた。

完璧を求めることは悪いことではない。ただし、それに囚われすぎず、成長を楽しむことが何より大切だと、瑛斗はこの日を通して学んだのだった。