名言

消えゆく記憶の彼方へ

消えゆく記憶の彼方へ

人はいつ死ぬと思う？
心臓をピストルで打ち抜かれた時。違う！
不治の病に冒された時。違う！！
猛毒キノコスープを飲んだ時。違う！！！
人に・・・忘れられた時さ！！！！

ONE PIECE(ワンピース)キャラ:Ｄｒ．ヒルルク


彼がいなくなったのは、もう何年前のことだろう。大学時代の親友、藤原亮介。彼は何の前触れもなく、突然姿を消した。正確に言えば、彼が「消えた」のではなく、僕が彼のことを「忘れてしまった」瞬間があったのだ。

大学のキャンパスは広く、そしてどこか無機質だった。僕と亮介は、いつも一緒にいた。彼は明るく社交的で、僕とは対照的だったが、そんな性格が不思議と気が合ったのか、自然と行動を共にすることが多くなった。

彼といると、何でも楽しくなった。無邪気に笑い合い、将来について語り合い、夜遅くまで馬鹿げた話をして過ごした日々。あの頃は、永遠にこの関係が続くように思えていた。

けれど、卒業後、僕たちは別々の道を歩むことになった。僕は普通に就職し、日々の仕事に追われる生活を始めた。彼は、自分の夢を追い続けると言って、フリーのライターとして旅に出た。時々、SNSで彼の旅先の写真やエッセイを見ることができたが、次第にそれも途絶えていった。

最初は、僕も心配していた。亮介がどこにいるのか、何をしているのか、無事でいるのか。しかし、仕事に追われ、日常に埋没するうちに、彼の存在は僕の意識の片隅に押しやられていった。

ある日、会社の同僚と飲みに行ったとき、僕はふと亮介のことを思い出した。あれほど親しかった友人なのに、今はどうしているのか全く分からない。連絡を取ることもなくなり、彼の顔さえぼんやりとしか浮かんでこなかった。

「藤原亮介、そういえば、どうしてるんだろう…」

一人呟いた僕に、同僚の一人が聞いた。

「亮介？誰のこと？」

僕は答えようとしたが、口がうまく動かない。亮介の顔、声、話した内容…すべてが薄れていく。まるで彼の存在が僕の記憶から溶けていくようだった。

「あれ？どうして…？」

心臓がドキドキと脈打ち始め、胸の中で何かが消えていくような感覚に襲われた。急いでスマートフォンを取り出し、彼の名前を検索した。SNSも、連絡先も、彼の名前でヒットするものは何一つ出てこない。

「そんなはずはない…」

僕は焦って彼との写真を探した。しかし、どこにもない。大学時代のアルバムを見ても、亮介の写真だけがぽっかりと抜け落ちていた。まるで最初から彼は存在していなかったかのように、彼に関する痕跡はすべて消え去っていた。

その夜、僕はベッドに横たわりながら、必死に亮介のことを思い出そうとした。彼の笑い声、彼の仕草、彼が語っていた夢。しかし、どれもが霧のように曖昧になっていき、掴もうとするたびに指の間からすり抜けていく。

「人はいつ死ぬと思う？」

突然、亮介の声が脳裏に響いた。あの頃、彼がよく言っていた言葉だ。僕はそれに何度も答えた。「病気で死ぬとき？事故で？」でも、彼はいつも「違う」と言った。

「人はね、忘れられたときに死ぬんだよ。」

その言葉の意味が今、痛いほど理解できる。僕は、亮介を忘れかけていた。そして、彼はそれに気づいていたのかもしれない。僕の記憶から彼が完全に消え去る前に、彼は自分の「死」を予見していたのだ。

それから僕は、亮介のことを忘れないように必死になった。日記に彼の名前を書き、毎日彼のことを思い出そうと努めた。しかし、時間が経つにつれて、それも難しくなっていった。どれだけ強く思い出そうとしても、彼の姿はどんどん曖昧になっていく。

ある日、僕はついに彼の名前すら思い出せなくなった。口に出そうとしても、喉の奥で詰まって出てこない。彼が存在したという確信だけが残り、その具体的な記憶はすっかり消えてしまった。

「忘れない」と誓ったはずなのに、人の記憶はあまりにも儚い。日常に追われ、忙しさに流されて、最も大切だったはずの存在が、簡単に消えていくのだ。

それから数年が経ち、僕は再び大学時代のキャンパスを訪れた。桜の木々は満開で、過去の思い出が微かに蘇る。しかし、亮介の記憶はもう遠く霞んでいる。あの頃の僕たちは、笑い合い、未来に夢を馳せていたはずだったが、今やその夢の断片さえも思い出すことができない。

「人は忘れられたときに死ぬ」

亮介の言葉は、いつまでも僕の心に残り続けた。しかし、それを言った彼自身の姿はもう思い出せない。ただ、彼が確かにいたという漠然とした感覚だけが、胸の奥で静かに響いている。

亮介はもう、僕の記憶の中で完全に「死んで」しまったのだ。

しかし、それでも僕は、彼の存在を心の片隅に留め続けたいと願った。彼が消え去っても、どこかでまだ生き続けているような気がしてならない。それは、誰かの心の中で、彼が生き続けている限り、彼は完全に「死ぬ」ことはないのだと信じたいからだ。

亮介はいつまでも僕の中に、微かにでも生き続けている。