名言

分別すぐれば愚に返る

分別すぐれば愚に返る

ある静かな村に、智恵を持つことで知られる男、堀川俊夫が住んでいた。彼は他人からの相談や問題解決に長けており、村の人々は彼を「賢者」と呼んでいた。俊夫のアドバイスは的確であり、どんなに複雑な問題でも冷静に判断し、適切な答えを導き出していた。

しかし、時が経つにつれ、俊夫は自分の智恵に過信するようになった。周囲の称賛を受け続けるうちに、彼はいつしか「自分はすべてを知っている」という錯覚に陥り、他人の意見を軽んじるようになった。

ある日、村に厳しい寒波が訪れ、村全体が凍てつく寒さに見舞われた。食料不足や暖房の不具合に悩む村人たちは、いつものように俊夫に助けを求めた。俊夫は、どんなに困難な状況でも自分一人で解決できると思い込んでいたので、他の意見を聞くことなく、「薪を集めて暖を取ればよい」と簡単に指示を出した。

だが、村人たちはその方法が不十分だと感じていた。気温は例年にないほど低く、薪だけでは全員が冬を乗り越えられないという不安が広がっていた。中でも若い猟師の佐藤は、もっと大規模な対策が必要だと主張した。「このままでは全滅の危険すらある。山に籠り、避難所を作るべきだ」と提案したが、俊夫はその意見を嘲笑った。

「何を言う、若者よ。私は何十年もこの村で生きてきた。知恵も経験もある私が間違えるはずがない」

その言葉に村人たちは不安を抱きながらも、結局は俊夫の指示に従うしかなかった。彼らは寒さに耐えながら薪を集め、どうにかして冬を乗り越えようと努力したが、予想以上に寒さは厳しく、次々と村人たちは体調を崩していった。

数日が経ち、事態は悪化する一方だった。俊夫自身も寒さに苦しみ始め、自分の判断に疑問を感じるようになった。しかし、村の賢者としてのプライドが邪魔をし、彼は自分の誤りを認めることができなかった。

そんな中、佐藤が再び村人たちに声を上げた。「もう限界だ。このままでは本当にみんな死んでしまう。山の避難所を作る準備を始めるべきだ」

村人たちは困惑した。長年信頼してきた俊夫の判断が間違っているかもしれないという恐怖と、若い佐藤の意見に賭けるべきかという不安が交錯していた。しかし、次々と倒れていく仲間たちの姿を見て、ついに決断の時が訪れた。

村人たちは佐藤の提案を受け入れ、山へ避難する準備を始めた。彼らはわずかに残った体力を振り絞り、険しい山道を進んでいった。俊夫もまた、最初は村に残るつもりでいたが、ついに限界を感じ、村人たちに従うことにした。

避難所に到着すると、村人たちは火を囲み、ようやく暖を取ることができた。佐藤の準備は完璧で、食料や暖房の設備も整っていた。村人たちは、彼の知恵と勇気に感謝し、無事にこの寒波を乗り切ることができた。

数日後、寒波が収まり、村に戻った人々は、家々がすっかり凍りついていたことを目の当たりにした。もし佐藤の意見を無視していたら、全員が命を落としていただろう。村は再建のための努力を始めたが、誰もが佐藤の判断に感謝し、その知恵を称賛した。

一方で、俊夫は深い自己反省に陥っていた。長年の経験と智恵に溺れ、他人の意見を聞くことを忘れていた自分の愚かさに気づいたのだ。彼は村の広場で佐藤に向かい、深々と頭を下げた。「若者よ、私の愚かさを許してほしい。分別が過ぎれば、愚かになるということを、私は痛感した」

佐藤は微笑みながら、穏やかに答えた。「俊夫さん、あなたが謝る必要はないです。誰だって間違えることはあります。でも、大事なのは、その間違いから学び、次に生かすことです」

それ以来、俊夫は村の賢者としての名声を取り戻すことはなかったが、村人たちと共に働き、他人の意見を尊重しながら生活するようになった。彼は賢者であることに固執するのではなく、人間としての成長を大切にすることを学んだのだ。

この出来事から、村人たちは「分別すぐれば愚に返る」という教訓を胸に刻み、お互いに敬意を払い、共に協力することの大切さを忘れないようにした。