名言

世の中の人は何とも言わば言え、我が成すことは我のみぞ知る

世の中の人は何とも言わば言え、我が成すことは我のみぞ知る

坂本龍馬


「自分の道を行く」
東京の繁華街、新宿の雑踏の中、川村香織（かわむら かおり）は小さなカフェで一人、ノートパソコンに向かっていた。カフェの窓際の席に座り、行き交う人々を横目に見ながら、彼女は懸命に文章を綴っていた。香織は小説家を目指しているが、デビューにはまだ遠い道のりがある。いくつもの出版社に原稿を送っては断られる日々が続いていた。

「こんなこと、やっていて意味があるのだろうか？」

香織の頭の中にそんな疑問が浮かぶのは一度や二度ではなかった。親からは「現実的な仕事に就きなさい」と言われ、友人からは「早く諦めたほうがいいんじゃない？」と軽く流される。しかし、香織には書くことしかできなかった。いや、書くことだけが自分の生きる意味だと信じていた。

ある日、香織はSNSで何気なく自分の書いた短編小説を投稿してみた。すぐに多くのコメントが寄せられ、その中には激励の言葉もあれば、辛辣な批評も混ざっていた。

「こんなの、誰でも書ける内容じゃない？」

「感動した！次回作も楽しみにしてます！」

ポジティブな声に勇気づけられる一方で、否定的な意見に心が揺さぶられる。しかし、香織はある名言を思い出していた。

「世の中の人は何とも言わば言え、我が成すことは我のみぞ知る。」

これは、江戸時代の剣豪である宮本武蔵が残した言葉だ。香織にとって、この言葉は生きる支えとなっていた。誰が何と言おうと、自分が信じる道を歩むのは自分だけなのだ。他人の評価に左右されて、夢を諦めるわけにはいかない。

そんなある日の夜、香織は自宅の狭い部屋で次の作品に取り組んでいた。思考の海に沈みながらも、キーボードを叩く音が静かな部屋に響く。突然、携帯電話が鳴った。画面を見ると、香織が作品を送り続けていた出版社の編集者からの着信だった。

「川村さん、先日いただいた原稿ですが、ぜひ一度お会いして話をさせていただきたいと思いまして。」

その瞬間、香織の心臓が高鳴った。何度も断られてきたその出版社から、初めての前向きな反応が返ってきたのだ。期待と不安が入り混じった気持ちで、香織は約束の日を迎えた。

出版社のビルに到着すると、香織は緊張の面持ちで編集者のいるオフィスへ向かった。編集者の佐藤は、40代の穏やかな雰囲気を持つ男性で、香織の作品について具体的なフィードバックをくれた。

「川村さんの書く人物描写はとても魅力的です。特に登場人物の感情の移り変わりがリアルで、読者の心に刺さるものがあると思いました。ただ、ストーリーの流れが少し弱いので、そこを強化すればもっと良くなると思います。」

佐藤の言葉は厳しいながらも、今後の改善の方向性を示してくれるもので、香織は心の中で大きな希望の灯がともったのを感じた。そして、佐藤は続けた。

「ぜひ、これからも一緒に作品を作り上げていきましょう。」

その言葉に、香織は目頭が熱くなった。これまでの苦労が一瞬で報われたような気がした。彼女は泣きそうになるのを必死に堪えながら、頭を下げて感謝の言葉を述べた。

その後、香織は編集者の助けを得ながら、自分の作品をさらに磨いていった。苦悩し、悩む日々は続いたが、香織の中には一つの信念があった。「自分が信じた物語を書き続ける」という決意だ。

数か月後、香織の書いた小説はついに書店に並んだ。初めて自分の本が世に出るという感動は、何にも代えがたいものだった。しかし、発売後も厳しい批評は相変わらず続き、香織はそのたびに心が揺れることもあった。それでも彼女は、自分の中の炎を絶やすことなく、筆を走らせた。

ある日、香織は街中の書店で自分の本を手に取っている少女を見かけた。少女はその本を抱きしめるようにレジに向かい、その姿を見て香織は静かに涙を流した。自分の物語が誰かの手に届き、心に響いている。それこそが、彼女が求めていたものだった。

香織の小説は大きなヒットにはならなかったが、それでも一部の熱心な読者たちの間で静かに広がっていった。読者からの手紙やメッセージには、「あなたの物語に救われました」「このキャラクターに共感しました」といった言葉が並び、香織は自分の書く意味を再確認した。

「世の中の人は何とも言わば言え、我が成すことは我のみぞ知る。」

香織はこの言葉の意味をこれまで以上に深く理解していた。他人の評価や世間の声に惑わされることなく、自分の信じる道を進むことこそが大切なのだ。失敗も成功もすべて自分の経験となり、彼女の物語に深みを与える。

香織は今もなお、自分の部屋で執筆を続けている。次の作品に向けて、また新たな挑戦が始まるのだ。彼女は自分自身に問いかける。

「自分の道を歩んでいるか？」

その問いに対する答えは、いつも同じだ。

「はい、私は私の物語を書いています。」

そして、香織のペンは止まることなく、白い紙の上を滑っていく。世の中の人が何と言おうと、自分の信じた道を行く——香織の物語は、まだ始まったばかりだった。