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笑顔同封 鏡は先に笑わない

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笑顔同封 鏡は先に笑わない


笑顔同封
田中由紀は、小さな手紙店「笑顔同封」を営んでいた。この店は都会の喧騒から少し離れた静かな通りにあり、通り過ぎる人々の多くはその存在に気づかない。しかし、知る人ぞ知る、温かみのある場所だった。

「笑顔同封」という店名には、由紀の深い思いが込められていた。彼女は手紙を書くことを愛していた。人々の心を温めるような手紙を送ることで、笑顔を届けたいと願っていたのだ。だが、彼女が手紙店を始めた背景には、もっと個人的な物語があった。

数年前、由紀は大手企業で働いていた。忙しい日々の中で、彼女は次第に笑顔を失っていった。仕事は充実していたが、心はどこか冷たく、空虚さを感じていた。そんな時、母親が突然倒れ、田舎に帰ることになった。母は大病を患い、余命わずかと言われていた。

病院で母と過ごす時間が増えるにつれ、由紀は母が彼女に宛てて書き残していた数々の手紙を見つけた。そこには、母の温かい言葉や、日常の何気ない出来事が綴られていた。手紙を読むたびに、由紀は母の愛情を感じ、胸が熱くなった。そして、母が最後に残した言葉が、由紀の人生を変えた。

「由紀、鏡は先に笑わないのよ。あなたが笑えば、鏡の中のあなたも笑ってくれるの。笑顔を忘れないで。」

母の死後、由紀はその言葉を胸に刻み、会社を辞める決意をした。母が伝えたかったのは、忙しい日々の中で忘れがちな笑顔の大切さだった。由紀は、母の言葉をもとに何か新しいことを始めたいと思い、手紙店を開くことにした。それが「笑顔同封」だった。

この店では、由紀が選んだ特別な紙とペンで手紙を書くことができる。お客さんは、店内で手紙を書き、その場で封をし、由紀に預けていく。由紀はその手紙を丁寧に包装し、心を込めて送り出す。手紙には、何か特別なものが同封されることもあった。それは、手作りの小さなアクセサリーだったり、香りがほのかに漂う花びらだったりと、ちょっとした驚きを与えるもので、受け取った人々を笑顔にするのが由紀の願いだった。

ある日、由紀の店に若い女性が訪れた。彼女は、どこか疲れた表情で、誰かに手紙を送りたいと話した。由紀は笑顔で応じ、彼女に紙とペンを渡した。女性はしばらく考え込んでいたが、やがて書き始めた。文字が紙に踊るたびに、彼女の表情が少しずつ柔らかくなっていくのを、由紀は感じ取った。

手紙を書き終えた女性は、それを封筒に入れ、由紀に渡した。その瞬間、彼女の目に涙が浮かんだ。「ありがとうございました」と一言残し、店を後にした。

由紀はその手紙を丁寧に包装し、指定された住所に送った。その後、しばらくして、再びその女性が店を訪れた。今回は、以前とは異なり、明るい笑顔を浮かべていた。

「ありがとうございました。あの手紙、ちゃんと届きました。母がとても喜んでくれて、今まで以上に笑顔が増えました。手紙を書くことが、こんなにも心を軽くするとは思いませんでした。」

由紀はその言葉に安堵し、自分の仕事が少しでも役に立ったことを嬉しく思った。女性が去った後、由紀はそっと母の写真に目をやり、心の中で感謝を述べた。「お母さん、あなたの言葉のおかげで、また一人、笑顔が増えたよ。」

その日、由紀は自分自身に宛てて手紙を書いた。これまでの自分、そしてこれからの自分へ向けたメッセージだった。手紙にはこう書かれていた。

「由紀、あなたは正しい道を歩んでいる。笑顔は、あなたが先に笑うことで広がるもの。どんなに辛い日々が続いても、笑顔を忘れず、心を込めて手紙を書き続けてね。あなたの笑顔は、鏡の中のあなたを必ず笑顔にしてくれるから。」

その手紙を封筒に入れ、由紀は店の奥の引き出しにしまった。笑顔同封、その名の通り、彼女の手紙は、いつも誰かの笑顔を届けるために存在している。そして、由紀自身も、手紙を書くことで自分の笑顔を取り戻し続ける。

時折、ふとした瞬間に、由紀は母の言葉を思い出す。母が言った「鏡は先に笑わない」という言葉が、今もなお、彼女の心の支えになっていた。自分が先に笑顔を見せれば、世界もその笑顔を返してくれる。そう信じることで、彼女は毎日を生き生きと過ごしていた。

由紀は今日も、手紙を丁寧に包装し、笑顔を同封して送り出す。そしてその笑顔が、どこかで誰かの心に届き、また新たな笑顔を生むことを信じている。彼女の「笑顔同封」は、ただの手紙店ではなく、人々の心をつなぐ大切な場所となっていた。







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