名言

自分がいま歩いている道を懸命に歩くことが、 新しい道を開くためにもっとも必要なことだということです。

自分がいま歩いている道を懸命に歩くことが、
新しい道を開くためにもっとも必要なことだということです。

松下幸之助『道をひらく』


新しい道を開くために
川村悠斗は、東京の郊外にある小さな町で生まれ育った。幼い頃から父親の経営する工務店を手伝いながら過ごし、家族の一員として責任を果たすことを当然と考えていた。しかし、大学を卒業する頃、彼は父親の工務店を継ぐか、都会で自分の夢を追いかけるかという大きな選択に直面した。

悠斗は内心、自分の才能を試したいと強く願っていた。特に、建築デザインに興味を持ち、自分の手で独自の建物を設計することを夢見ていた。しかし、父親の期待は重く、家族を支える責任も感じていた。心のどこかで、父親の期待を裏切ることになるのではないかという不安もあった。

そんな折、父親が突然倒れた。病状は深刻で、悠斗は迷う間もなく工務店を引き継ぐことになった。家族を支え、父親が築き上げたものを守るため、彼は自分の夢を一時的に諦め、家業に専念することを決意した。

初めのうちは、工務店の経営に慣れない部分も多く、仕事の重圧に押しつぶされそうになった。しかし、悠斗は必死に食らいつき、父親が教えてくれた仕事の技術や心得を活かし、懸命に働き続けた。時には夜遅くまで働き、週末も返上して現場に立ち続けた。

家業を守るために精一杯の努力を続ける中で、悠斗はふとした瞬間に自分がこの道を歩み続けるべきかどうかを考えることがあった。夢だった建築デザインはもう叶わないのではないかと、絶望感が胸を締め付けた。しかし、工務店の仕事を投げ出すわけにはいかない。家族と従業員、そして地元のお客さんの生活が彼の肩にかかっていたのだ。

ある日の夕暮れ、悠斗は工務店の裏にある小さな庭で一息ついていた。夕日が空を赤く染め、彼の心に静かな安らぎをもたらしていた。そこで彼は、父親の古い作業ノートを手に取り、ページをめくり始めた。

そのノートには、父親が工務店を経営していた頃の試行錯誤や工夫、苦労が細かく書き記されていた。さらに、父親の心の中で抱えていた不安や、家族や従業員を守るためにどれだけの努力を重ねてきたかが、まるで息子に語りかけるように綴られていた。

その中で、父親が書き残した言葉が悠斗の目に留まった。

「自分がいま歩いている道を懸命に歩くことが、新しい道を開くためにもっとも必要なことだということです。」

その言葉は、悠斗の心に深く響いた。父親もまた、多くの困難を乗り越えながら、家族のために道を歩み続けてきた。そして、その歩みが新しい可能性や道を開いていったのだと、悠斗は悟った。自分の夢を追うためには、まず目の前の道をしっかりと歩き続けることが大切だということに気づかされたのだった。

それからの悠斗は、気持ちを新たに仕事に取り組んだ。工務店の経営にさらに力を入れ、顧客の信頼を一つ一つ積み重ねていった。彼は父親から受け継いだ技術に加えて、大学で学んだ建築デザインの知識も活かし、工務店の仕事に新しい風を吹き込んだ。

そんなある日、地元の公共施設の改修プロジェクトが持ち込まれた。悠斗はその依頼を受け、設計から施工までを一手に引き受けた。彼のデザインは、地元の自然環境と調和しつつも、斬新で機能的なものだった。プロジェクトは成功し、工務店の名はさらに広まり、地元の人々からも高い評価を受けた。

その後、悠斗の工務店は次々と新しいプロジェクトを手がけるようになり、彼のデザインセンスと施工技術は広く知られるようになった。ついには、都会の大手建築事務所からの仕事の依頼も舞い込むようになったが、悠斗はそれらをすべて断り、地元に根ざした工務店としての道を選び続けた。

彼は父親から受け継いだ家業を守りながら、同時に自分自身の夢も実現していった。地元のために尽力することで、結果的に自分の夢を叶えることができたのだ。父親の言葉が、彼にとっての道標となり、新しい道を開く力となったのだった。

悠斗は今、かつての自分が抱いていた夢が現実となり、自分の歩んできた道を振り返っている。確かに、夢を追うことは大切だ。しかし、それ以上に、目の前の道を一歩一歩懸命に歩き続けることが、新たな道を開くためのもっとも必要なことだという真理を、彼は深く理解していた。

そして、彼の歩んだ道は、今後も新しい可能性を広げていくに違いない。彼が選んだ道は、自分だけでなく、家族や地元の人々、そして次の世代にも続いていく道となるだろう。それは、悠斗自身が歩んできた、そしてこれからも歩み続ける天与の道であった。