名言

苦難の最中(さなか)にあっても、決して不幸にならずに生きていけるのが人間だ。

「苦難の最中にあっても」

古い木造の家に住む由紀子は、今年で七十歳を迎えた。彼女の人生は決して楽なものではなかった。戦争の混乱期に生まれ、貧困と病気に苦しむ中で育ち、それでも彼女はいつも笑顔を絶やさなかった。

「おばあちゃん、また編み物してるの？」と、孫の美咲が尋ねる。

由紀子は微笑んで、美咲の髪を軽く撫でた。「ええ、そうよ。この手仕事が私の心を落ち着けてくれるの。」

美咲は由紀子の膝の上に座り、興味深そうに編み針の動きを見つめた。「どうしてそんなに上手なの？」

「長い時間をかけて練習したのよ。最初は不器用だったけど、諦めなかったからね。」

由紀子の言葉には、重みがあった。彼女は幾度となく挫折を経験し、時には人生の道筋を見失いそうになった。しかし、その度に彼女は立ち上がり、前に進む力を見つけた。

「おばあちゃん、あなたの若い頃の話をもっと聞かせて。」

由紀子は微笑んで、美咲の手を握った。「そうね、昔話をしましょうか。」

由紀子が十代の頃、家族は経済的に厳しい状況にあった。父親は病気で働けず、母親は家計を支えるために一日中働いていた。由紀子は学校を辞めて、家族を助けるために働くことを決意した。最初は辛かったが、彼女は決して諦めなかった。

「夜になると、空を見上げて星を数えるのが好きだったのよ。どんなに辛い日でも、星を見れば心が軽くなったわ。」

美咲は由紀子の顔を見つめ、彼女の目に浮かぶ温かい光を感じ取った。「おばあちゃん、本当に強い人だね。」

由紀子は微笑みながら、肩をすくめた。「強さというのは、苦難を乗り越える力じゃなくて、その中で希望を見つける心だと思うの。」

由紀子の言葉は、美咲の心に深く響いた。彼女もまた、学校での友人関係や勉強の悩みを抱えていたが、おばあちゃんの話を聞くと、自分ももっと頑張れる気がした。

ある日、美咲が学校で友人と喧嘩をして帰ってきた時、由紀子は優しく彼女を抱きしめた。「どんなに辛いことがあっても、心を開いて話すことが大切よ。私も、若い頃にたくさんの誤解や争いを経験したけど、正直に話すことで解決できたことが多かったわ。」

美咲は涙をこらえながら、由紀子の胸に顔をうずめた。「おばあちゃん、ありがとう。私も頑張ってみる。」

その夜、由紀子は静かに編み物をしながら、遠い過去の思い出に浸った。彼女の心には、いつも希望の光が灯っていた。それが、彼女をここまで導いてくれたのだ。

「苦難の最中にあっても、決して不幸にならずに生きていけるのが人間だ。」

由紀子の言葉は、彼女自身の生き様を象徴していた。そしてその言葉は、美咲の心にも深く刻まれていくのだった。

Fin


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苦難の最中(さなか)にあっても、決して不幸にならずに生きていけるのが人間だ。

三浦綾子