143 / 250
徒然草 第百三十九段
しおりを挟む
徒然草 第百三十九段
【原文】
家にありたき木は、松・桜。松は、五葉ごえふもよし。花は、一重ひとえなる、よし。八重桜は、奈良の都にのみありけるを、この比ぞ、世に多く成り侍はべるなる。吉野の花、左近さこんの桜、皆、一重ひとえにてこそあれ。八重桜は異様ことやうのものなり。いとこちたく、ねぢけたり。植ゑずともありなん。遅桜おそざくらまたすさまじ。虫の附きたるもむつかし。梅は、白き・薄紅梅うすこうばい。一重ひとえなるが疾とく咲きたるも、重なりたる紅梅の匂にほひめでたきものなり。遅き梅は、桜に咲き合ひて、覚おぼえ劣おとり、気圧けおされて、枝に萎しぼみつきたる、心うし。「一重なるが、まづ咲きて、散りたるは、心疾とく、をかし」とて、京極入道中納言きやうごくのにふだうちゆうなごんは、なほ、一重梅をなん、軒近く植ゑられたりける。京極の屋やの南向むきに、今も二本ふたもと侍るめり。柳、またをかし。卯月うづきばかりの若楓わかかへで、すべて、万よろづの花・紅葉もみぢにもまさりてめでたきものなり。橘たちばな・桂かつら、いづれも、木はもの古ふり、大きなる、よし。
草は、山吹やまぶき・藤ふぢ・杜若かきつばた・撫子なでしこ。池には、蓮はちす。秋の草は、荻をぎ・薄すすき・桔梗きちかう・萩はぎ・女郎花をみなへし藤袴ふぢばかま・紫苑しをに・吾木香われもかう・刈萱かるかや・竜胆りんだう・菊。黄菊も。蔦つた・葛くづ・朝顔。いづれも、いと高からず、さゝやかなる、墻かきに繁しげからぬ、よし。この外ほかの、世に稀まれなるもの、唐からめきたる名の聞きにくゝ、花も見馴なれぬなど、いとなつかしからず。
大方おほかた、何も珍らしく、ありがたき物は、よからぬ人のもて興きようずる物なり。さやうのもの、なくてありなん。
【現代語訳】
家に植えるのにふさわしい木は、松と桜である。松は、五本葉のものでも良い。桜の花は、一重のものが良い。八重桜は、古代の奈良の都にしかなかったものが、現代ではとても増えてしまった。吉野の桜や左近の桜などは、すべて一重である。八重桜は変わったもので、花がねじれていることが多い。庭に植える必要はないだろう。遅咲きの桜も、花が白けるような感じで見える。虫がつくこともある。梅は、白や薄いピンクの一重の花が良い。一重の梅が早く咲き、次に八重の梅が赤い色を引くように咲くのは素晴らしい。遅咲きの梅は桜の時期に重なり、あまり目立たず、桜に負けてしまい、情けなく見える。「一重の梅が最初に咲いて、最初に散っていくのは見ていて気持ちが良い」と、藤原定家は言っていた。今でも定家の家の南側には2本の梅の木が生えている。また、柳の木も魅力的である。初春の楓の若葉は、どんな花や紅葉にも負けないほど輝いている。橘や桂といった木は、年季の入った大きなものが良い。
草花に関しては、ヤマブキ、フジ、カキツバタ、ナデシコが良い。池にはハスが浮かぶ。秋の草花としては、オギ、ススキ、キキョウ、ハギ、オミナエシ、フジバカマ、シオン、ワレモコウ、カルカヤ、リンドウ、シラギク、そして黄色いキクが良い。また、ツタやクズ、アサガオも良い。これらの植物は、あまり伸びすぎず、塀に絡まない方が良い。それ以外の植物で、天然記念物や外来種風の名前のもの、見たこともない花は、あまり魅力を感じない。
最後に、どんな物でも珍しくて入手困難なものは、知恵の浅い人がコレクションして喜ぶものである。そういうものは、ない方が良い。
【ポイントと解説】
植物の好みについて: 文中では、家に植える木や草花の好みについて述べられています。桜や松、梅などが良いとされ、特に一重の花が好まれています。また、草花についても秋の季節に咲くものや、池に浮かぶ蓮などが挙げられています。
珍品とコレクション: 最後には、珍しいものや入手困難なものは、知恵の浅い人がコレクションして喜ぶだけで、本当の価値があるわけではないという趣旨が述べられています。
この段落では、作者が自然や植物についての好みや考え方、また価値観について示唆しています。
【原文】
家にありたき木は、松・桜。松は、五葉ごえふもよし。花は、一重ひとえなる、よし。八重桜は、奈良の都にのみありけるを、この比ぞ、世に多く成り侍はべるなる。吉野の花、左近さこんの桜、皆、一重ひとえにてこそあれ。八重桜は異様ことやうのものなり。いとこちたく、ねぢけたり。植ゑずともありなん。遅桜おそざくらまたすさまじ。虫の附きたるもむつかし。梅は、白き・薄紅梅うすこうばい。一重ひとえなるが疾とく咲きたるも、重なりたる紅梅の匂にほひめでたきものなり。遅き梅は、桜に咲き合ひて、覚おぼえ劣おとり、気圧けおされて、枝に萎しぼみつきたる、心うし。「一重なるが、まづ咲きて、散りたるは、心疾とく、をかし」とて、京極入道中納言きやうごくのにふだうちゆうなごんは、なほ、一重梅をなん、軒近く植ゑられたりける。京極の屋やの南向むきに、今も二本ふたもと侍るめり。柳、またをかし。卯月うづきばかりの若楓わかかへで、すべて、万よろづの花・紅葉もみぢにもまさりてめでたきものなり。橘たちばな・桂かつら、いづれも、木はもの古ふり、大きなる、よし。
草は、山吹やまぶき・藤ふぢ・杜若かきつばた・撫子なでしこ。池には、蓮はちす。秋の草は、荻をぎ・薄すすき・桔梗きちかう・萩はぎ・女郎花をみなへし藤袴ふぢばかま・紫苑しをに・吾木香われもかう・刈萱かるかや・竜胆りんだう・菊。黄菊も。蔦つた・葛くづ・朝顔。いづれも、いと高からず、さゝやかなる、墻かきに繁しげからぬ、よし。この外ほかの、世に稀まれなるもの、唐からめきたる名の聞きにくゝ、花も見馴なれぬなど、いとなつかしからず。
大方おほかた、何も珍らしく、ありがたき物は、よからぬ人のもて興きようずる物なり。さやうのもの、なくてありなん。
【現代語訳】
家に植えるのにふさわしい木は、松と桜である。松は、五本葉のものでも良い。桜の花は、一重のものが良い。八重桜は、古代の奈良の都にしかなかったものが、現代ではとても増えてしまった。吉野の桜や左近の桜などは、すべて一重である。八重桜は変わったもので、花がねじれていることが多い。庭に植える必要はないだろう。遅咲きの桜も、花が白けるような感じで見える。虫がつくこともある。梅は、白や薄いピンクの一重の花が良い。一重の梅が早く咲き、次に八重の梅が赤い色を引くように咲くのは素晴らしい。遅咲きの梅は桜の時期に重なり、あまり目立たず、桜に負けてしまい、情けなく見える。「一重の梅が最初に咲いて、最初に散っていくのは見ていて気持ちが良い」と、藤原定家は言っていた。今でも定家の家の南側には2本の梅の木が生えている。また、柳の木も魅力的である。初春の楓の若葉は、どんな花や紅葉にも負けないほど輝いている。橘や桂といった木は、年季の入った大きなものが良い。
草花に関しては、ヤマブキ、フジ、カキツバタ、ナデシコが良い。池にはハスが浮かぶ。秋の草花としては、オギ、ススキ、キキョウ、ハギ、オミナエシ、フジバカマ、シオン、ワレモコウ、カルカヤ、リンドウ、シラギク、そして黄色いキクが良い。また、ツタやクズ、アサガオも良い。これらの植物は、あまり伸びすぎず、塀に絡まない方が良い。それ以外の植物で、天然記念物や外来種風の名前のもの、見たこともない花は、あまり魅力を感じない。
最後に、どんな物でも珍しくて入手困難なものは、知恵の浅い人がコレクションして喜ぶものである。そういうものは、ない方が良い。
【ポイントと解説】
植物の好みについて: 文中では、家に植える木や草花の好みについて述べられています。桜や松、梅などが良いとされ、特に一重の花が好まれています。また、草花についても秋の季節に咲くものや、池に浮かぶ蓮などが挙げられています。
珍品とコレクション: 最後には、珍しいものや入手困難なものは、知恵の浅い人がコレクションして喜ぶだけで、本当の価値があるわけではないという趣旨が述べられています。
この段落では、作者が自然や植物についての好みや考え方、また価値観について示唆しています。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
六華 snow crystal 7
なごみ
現代文学
雪の街、札幌を舞台にした医療系純愛小説、part 7。
春から西区の病院に配属された潤一。そこで出会った17歳の女子高生、茉理に翻弄される。その一方で、献身的な美穂との同居生活に満足しながらも、結婚に踏み切れないもどかしさを感じていた。
21(仮)※不定期掲載
zakura
現代文学
森の奥にある一件の大きな家。
夜になると花束を持った二人が入っていく。
毎日が平和で退屈な三人は今日も三人で集まり、だらだら過ごす。
そんなただのお話。
タイトル『夜』 昨日のバイク事故ご報告2024年10月16日(水曜日)犯人逮捕
すずりはさくらの本棚
現代文学
タイトル『夜』 作者「すずりはさくらの本棚」 ジャンル「随筆」
基本的に「随筆」は本当に起きたことしか書けません。嘘が苦手というか…。なんなんだろうね。
本日決定事項「2024年10月17日(木曜日)」入院(強制入院)か前の住所に戻るでした。
もう一点が「監視の目を増やして見届ける」。入院がだめな場合。三点目「施設に入居する」。
四点目「今の現状でがんばる!しかし、今よりも監視の目を増加する。」
まるで「監視、監視、監視……。」犯罪者ですか?とコパイロットに相談したくらいです。
私なにかしましたか?監視なので、娑婆に出てきたばかりの監視が必要な人ですか?
と相談したくらいです。それくらい昨日の事故を理解できていません。
生命の危機に瀕しているのに、本人が理解できていないから。警察への届けを出してくださった方々。
ありがとうございました。おかげさまで、住所不定がなくなりそうです。
ナイトタイムという言葉がある。
一見なんの意味もない言葉だが、深い意味がありそうだ。
職圧された人間社会にて、たたずむ君と私がいる。
色違いな場違いな色合いだが、社会に馴染んでいる。
ころあいを見計らって、社会という帳に身を委ねる。
パステルカラーの複雑な感性は充実しながら膨張する。
深夜になれば、君と私は早朝、昼間、深夜という具合に色褪せて行く。
夜は深々と降り積もるごとく…。夜という名前に満たされて行く。
もう一杯、ブラックコーヒーでも飲もうか……。
ほっこりできるで賞
春秋花壇
現代文学
第7回ほっこり・じんわり大賞 参加作品
ほっこり
陽だまりのような 温もり
小さな幸せ 積み重ねて
心 満ち足りる
猫の毛玉 ころころ転がる
無邪気な笑顔 ほっこりする
木漏れ日揺れる 葉っぱ一枚
静かな時間 心癒される
温かいお茶 香り広がる
ほっと一息 疲れも溶ける
大切な人 側にいる
感謝の気持ち 溢れてくる
小さな奇跡 日々の中
ほっこりとした 心満たされる
春秋花壇
春秋花壇
現代文学
小さな頃、家族で短歌を作ってよく遊んだ。とても、楽しいひと時だった。
春秋花壇
春の風に吹かれて舞う花々
色とりどりの花が咲き誇る庭園
陽光が優しく差し込み
心を温かく包む
秋の日差しに照らされて
花々はしおれることなく咲き続ける
紅葉が風に舞い
季節の移ろいを告げる
春の息吹と秋の彩りが
花壇に織りなす詩のよう
時を超えて美しく輝き
永遠の庭園を彩る
シニカルな話はいかが
小木田十(おぎたみつる)
現代文学
皮肉の効いた、ブラックな笑いのショートショート集を、お楽しみあれ。 /小木田十(おぎたみつる) フリーライター。映画ノベライズ『ALWAIS 続・三丁目の夕日 完全ノベライズ版』『小説 土竜の唄』『小説 土竜の唄 チャイニーズマフィア編』『闇金ウシジマくん』などを担当。2023年、掌編『限界集落の引きこもり』で第4回引きこもり文学大賞 三席入選。2024年、掌編『鳥もつ煮』で山梨日日新聞新春文芸 一席入選(元旦紙面に掲載)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる