徒然草

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
138 / 250

徒然草 第百三十四段

しおりを挟む
徒然草 第百三十四段:詳細解説

原文

高倉院の法華堂の三昧僧、なにがしの律師とかやいふもの、或時、鏡を取りて、顔をつくづくと見て、我がかたちの見にくゝ、あさましき事余りに心うく覚えて、鏡さへうとましき心地しければ、その後、長く、鏡を恐れて、手にだに取らず、更に、人に交まじはる事なし。御堂のつとめばかりにあひて、籠り居たりと聞き侍りしこそ、ありがたく覚えしか。

賢げなる人も、人の上をのみはかりて、己れをば知らざるなり。我を知らずして、外を知るといふ理あるべからず。されば、己れを知るを、物知れる人といふべし。かたち醜けれども知らず、心の愚かなるをも知らず、芸の拙つたなきをも知らず、身の数ならぬをも知らず、年の老いぬるをも知らず、病の冒おかすをも知らず、死の近き事をも知らず、行ふ道の至らざるをも知らず。身の上の非を知らねば、まして、外の譏そしりを知らず。但し、かたちは鏡に見ゆ、年は数へて知る。我が身の事知らぬにはあらねど、すべきかたのなければ、知らぬに似たりとぞ言はまし。かたちを改め、齢を若くせよとにはあらず。拙つたなきを知らば、何ぞ、やがて退しりぞかざる。老いぬと知らば、何ぞ、閑かに居て、身を安くせざる。行ふ道の至らざるを知らば、何ぞ、茲これを思おもふこと茲にあらざる。

すべて、人に愛楽あいげうせられずして衆しうに交まじはるは恥なり。かたち見にくゝ、心おくれにして出いで仕つかへ、無智にして大才たいさいに交はり、不堪ふかんの芸を持ちて堪能かんのうの座に列つらなり、雲の頭かしらを頂いたきて盛さかりなる人に並び、況いはんや、及ばざる事を望み、叶かなはぬ事を憂うれへ、来きたらざることを待ち、人に恐れ、人に媚こぶるは、人の与ふる恥にあらず、貪むさぼる心に引かれて、自ら身を恥かしむるなり。貪る事の止やまざるは、命を終ふる大事、今こゝに来きたれりと、確たしかに知らざればなり。

現代語訳

高倉上皇の法華堂に住んでいた三昧僧の律師が、ある日鏡で自分の顔をよく見ると、あまりにも醜く恐ろしいことに気づき、鏡さえも嫌悪するようになりました。その後は長い間鏡を恐れて手に取ることもせず、人と会うこともせず、ただ御堂の勤行だけに参加して独り籠っていたと聞いて、何と素晴らしいことだろうと思いました。

賢そうな人でも、他人のことばかり詮索して自分のことは何も知らない人が多いようです。しかし、自分のことさえ知らないで、他人のことを知ることができるはずがありません。だから、自分自身をよく知っている人をこそ、物事を知っている人と言えるでしょう。

普通の人は、自分の顔や心が醜いこと、自分の技芸が下手であること、自分の身分が低いこと、年老いていること、病気が迫っていること、死が近いこと、修行が足りないことなど、自分の欠点に気付いていません。自分の欠点に気付いていないのですから、人から悪口を言われても気にすることもないでしょう。しかし、自分の顔と年齢だけは鏡と数えれば分かります。だから、この二点に関しては、自分のことを知らないわけではないのですが、どうすることもできないので、知らないのと同じだと言っても良いでしょう。

私は、醜い顔をよくしろとか、年を若くしろと言っているわけではありません。自分が劣っていることを知ったら、なぜすぐに身を引かないのか、と言っているのです。年老いたと思ったら、どうして静かに座して安楽に過ごさないのか。修行がおろそかになっていると気づいたならば、どうしてその点について深く考えないのか。

人から愛されもしないで世間と交わるのは恥ずかしいことです。醜い顔で愚かな心を持ちながら出仕し、何も知らないままに博学な人と交わり、下手な技芸で上手な人の仲間に入り、白髪頭で若い人たちの仲間に入り、ましてや、自分の能力を超えたことを望んだり、叶わないことを心配したり、来るはずのないことを待ち望んだり、それらのことのために、人を恐れ、あるいは人に媚びたりするのは、他人が与える

ソース
info
tsurezuregusa.com/134dan/

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

足跡のかげ

小槻みしろ
現代文学
奏と翔は、ある日大好きな祖母が、病気になったと知らされる。 「もう会いに行ってはいけない」 という母に、頼んで祖母に会いに行くが……。 おばあちゃん子な弟、翔を見守る姉の奏の回想からなる、「あしあと」にまつわる、少し不思議な短編です。

都々逸(どどいつ)

紫 李鳥
現代文学
都々逸を現代風にアレンジしてみました。 ※都々逸(どどいつ)とは、江戸末期に初代の都々逸坊扇歌(1804年-1852年)によって大成された、口語による定型詩。七・七・七・五の音数律に従う。 【よく知られている都々逸】 ■あとがつくほど つねってみたが 色が黒くて わかりゃせぬ ■入れておくれよ 痒くてならぬ 私一人が蚊帳の外 ■恋に焦がれて 鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が 身を焦がす ■ついておいでよ この提灯に けして (消して)苦労 (暗う)はさせぬから ■雪をかむって 寝ている竹を 来ては雀が 揺り起こす

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

塾をサボった罰として……。

恩知らずなわんこ
現代文学
受験塾に通い始めたばかりの女の子が慣れない塾をサボってしまい、母に厳しいお尻叩きのお仕置きをされてしまうお話です。

【第2話完結!】『2次元の彼R《リターンズ》~天才理系女子(りけじょ)「里景如志(さとかげ・しし)のAI恋愛事情~』

あらお☆ひろ
現代文学
はじめまして。「あらお☆ひろ」です。 アルファポリスでのデビューになります。 一応、赤井翼先生の「弟子」です!公認です(笑)! 今作は赤井先生に作ってらった「プロット」と「セリフ入りチャプター」を元に執筆させてもらってます。 主人公は「グリグリメガネ」で男っ気の無い22歳の帰国子女で「コンピュータ専門学校」の「プログラミング講師」の女の子「里景如志(さとかげ・しし)」ちゃんです。 思いっきり「りけじょ」な如志ちゃんは、20歳で失恋を経験した後、「2次元」に逃げ込んだ女の子なんですが「ひょんなこと」で手に入れた「スーパーコンピュータ」との出会いで、人生が大きく変わります。 「生成AI」や「GPT」を取り上げているので「専門用語」もバシバシ出てきますが、そこは読み逃がしてもらっても大丈夫なように赤井先生がストーリーは作ってくれてます。 主人公の如志ちゃんの周りには「イケメン」くんも出てきます。 「2次元」VS「リアル」の対決もあります。 「H」なシーンは「風呂上がり」のシーンくらいです(笑)。 あと、赤井先生も良く書きますが「ラストはハッピーエンド」です! ラスト前で大変な目に遭いますが、そこはで安心して読んでくださいね! 皆さんからの「ご意見」、「ご感想」お待ちしています!(あまり厳しいことは書かないでくださいね!ガラスのメンタルなもんで(笑)。) では、「2次元の彼~」始まりまーす! (⋈◍>◡<◍)。✧♡ (追伸、前半の挿絵は赤井翼先生に作ってもらいました。そこまでAI作画の「腕」が上がりませんでした(笑)。)

詩集「支離滅裂」

相良武有
現代文学
 青春、それはどんなに奔放自由であっても、底辺には一抹の憂愁が沈殿している。強烈な自我に基づく自己存在感への渇望が沸々と在る。ここに集められた詩の数々は精神的奇形期の支離滅裂な心の吐露である。

投稿インセンティブで月額23万円を稼いだ方法。

克全
エッセイ・ノンフィクション
「カクヨム」にも投稿しています。

シニカルな話はいかが

小木田十(おぎたみつる)
現代文学
皮肉の効いた、ブラックな笑いのショートショート集を、お楽しみあれ。 /小木田十(おぎたみつる) フリーライター。映画ノベライズ『ALWAIS 続・三丁目の夕日 完全ノベライズ版』『小説 土竜の唄』『小説 土竜の唄 チャイニーズマフィア編』『闇金ウシジマくん』などを担当。2023年、掌編『限界集落の引きこもり』で第4回引きこもり文学大賞 三席入選。2024年、掌編『鳥もつ煮』で山梨日日新聞新春文芸 一席入選(元旦紙面に掲載)。

処理中です...