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春秋花壇

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断ち切られた鎖

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「断ち切られた鎖」
早紀は、自分が「毒親」という言葉を初めて耳にした時のことを、今でも鮮明に覚えている。大学の講義で心理学の教授が家族の問題について話していた際、耳を傾けていた彼女は、自分の家庭に違和感を覚えた。

「過剰な干渉、否定、支配…これらは全て毒親の特徴です」と教授は語っていた。その時、早紀の頭にはまるでパズルのピースがはまったような感覚が広がった。幼少期から感じていた息苦しさや、両親に対する恐怖心が、その言葉によって一つの形として認識されたのだ。

「お前は本当に役立たずだな」とか「誰に似たのかしら、バカみたいに要領が悪い」といった母親の言葉は、子供心に深く突き刺さり、彼女の自己肯定感を根こそぎ奪っていった。父親もまた、母親に逆らうことなく早紀を見下ろし、冷笑するだけだった。

高校生の頃、彼女が何かをしようとすると、必ずと言っていいほど母親は干渉してきた。友達と遊びに行くことも許されず、外での活動には常に厳しい制約が付きまとった。「外に出るとろくなことがない。家で勉強しなさい」と母親は言い、彼女の一挙手一投足を監視していた。

早紀は大学進学を機に、実家を離れることを決意した。だが、それも決して簡単なことではなかった。母親は「大学なんか行かせるお金はない」と反対し、進学先を彼女の希望とは全く異なる地元の短大にしろと命じた。早紀は必死にアルバイトをして、奨学金を得ることで、何とか東京の大学への進学を果たした。

それでも母親の束縛は続いた。彼女が一人暮らしを始めた途端、毎日のように電話やメールで干渉してきた。帰省のたびに「一人で何しているのか分からない」と嫌味を言われ、少しでも実家でのルールに反すれば「お前のことは絶対に許さない」と脅されるのだった。

そのような日々の中で、早紀は次第に心身ともに追い詰められていった。友達と楽しく過ごしていても、心の中では常に「母親に見つかったらどうしよう」と怯えていた。電話が鳴るたびに体が固まり、メールの着信音にさえも過敏に反応してしまう。そんな自分が情けなくて、泣くことしかできなかった。

「もう逃げたい…」。そう思った時、彼女は再びあの教授の言葉を思い出した。「毒親から逃れるためには、距離を置くことが最も効果的です。とにかく離れなさい」と言われたのだ。彼女はその言葉を胸に、決意を固めた。

大学の卒業を機に、早紀は思い切って母親の元から逃れることを決意した。就職先は東京、引っ越しも終えた。しかし、いざ別れを告げる日、母親は憤怒の形相で彼女を睨みつけ、「お前は親不孝者だ」と罵倒した。早紀は涙が止まらなかったが、もう戻らないと心に誓い、足早に家を出た。

引っ越し先に着いた彼女は、ほっと胸をなでおろしたものの、同時に大きな不安も抱えていた。新しい生活を始めることは、今まで築き上げてきたものを全て捨てるような感覚であり、孤独感が彼女を包み込んだ。しかし、その孤独こそが、彼女が本当の意味で自由を手に入れるために必要なものであることを、彼女は薄々感じていた。

新しい職場での仕事が始まり、少しずつ日常が忙しくなってくると、母親からの電話やメールの頻度も減っていった。最初は「なぜ返事をしないのか」と怒鳴りつけるような内容だったが、彼女が毅然とした態度で応じなかったため、次第にその攻撃も沈静化していった。

そんなある日、彼女は職場の同僚と一緒にランチをとっていた時、自分がどれだけ緊張せずに会話を楽しんでいるかに気づいた。誰に監視されることもなく、ただ自分の意志で笑い、話し、食事を楽しむことができる。その小さな喜びが、彼女にとっては大きな一歩だった。

夜、自宅に帰っても電話に怯えることはなくなった。メールの着信音に過敏に反応することもなくなり、彼女はゆっくりと、自分自身を取り戻し始めていた。週末には好きな本を読み、街を散策し、自分の好きなことを自由に楽しむことができるようになった。

その日々の中で、早紀はようやく理解した。彼女の人生は、彼女自身のものだということ。誰かに支配されることなく、自分で選択し、自分で歩んでいく権利があること。そしてそれは、母親との関係を断ち切ることで得られたものであることを。

それから一年が経ち、早紀は新しい友人もでき、仕事にも打ち込み、充実した毎日を過ごしていた。母親との連絡は完全に途絶えたが、それでも彼女は今の自分に誇りを持っていた。もう、あの鎖に縛られることはない。自分自身の人生を、自分の足で歩いていく。そう決めたからだ。

「とにかく離れろ」。その言葉が、彼女の心を解き放ち、新しい未来への扉を開いたのだった。









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