親子

消えた家族の時間

消えた家族の時間

日が沈む頃、静香は窓から外を眺めていた。東京の喧騒から少し離れたこの家で、彼女は父親の帰りを毎晩待っていた。静香の父、健一は広告代理店の重役で、朝早くから深夜まで働き続けるワーカーホリックだった。

「今日も遅いのかな...」静香は呟いた。母親は家を出てから久しく、家には静香と健一の二人だけが暮らしていた。母親がいなくなった理由は明白だった。健一が仕事に没頭しすぎて、家庭を顧みることがなかったからだ。

静香は台所で簡単な夕食を作った。カレーライスとサラダ、そして温かいスープ。健一が帰ってきたときに温かい食事を用意してあげたかった。だが、いつものように電話が鳴り、「今日は帰れない」という言葉を耳にするのだった。

「パパ、今日は何時に帰ってくるの？」静香は何度も同じ質問をしていたが、いつも返ってくるのは曖昧な答えだった。

「分からないよ、静香。今夜も仕事がたくさんあるんだ。」健一の声は疲れきっていた。

静香はもう一度深いため息をつき、夕食を冷蔵庫にしまった。彼女は自分の部屋に戻り、勉強を始めた。学校の成績は良かったが、友達と遊ぶ時間も少なく、いつも家で一人ぼっちだった。

ある日、学校の教師から呼び出された。成績は優秀だが、静香の心の中に何か大きな穴があることを見抜いていた。

「静香さん、お父さんともっと話をしたらどうですか？」教師は優しく提案した。

「でも、パパはいつも仕事で忙しいんです。」静香の声は寂しげだった。

「それでも、あなたの気持ちを伝えることが大事です。きっとお父さんも理解してくれるはずですよ。」

その夜、静香は決心した。父親に自分の気持ちを伝えようと。彼女は健一の帰りを待って、リビングで過ごしていた。時計の針が夜の12時を指す頃、やっと玄関のドアが開いた。

「お帰りなさい、パパ。」静香は微笑んだが、その顔には深い悲しみが隠されていた。

「ただいま、静香。」健一は疲れた顔で返事をした。

「パパ、少し話をしてもいい？」静香は勇気を振り絞って言った。

健一は驚いた表情を見せたが、頷いた。「もちろんだよ、静香。」

二人はリビングのソファに座った。静香は今まで溜め込んできた感情をすべてぶつけた。「パパ、私はずっと一人ぼっちなんだ。ママがいなくなってから、パパは仕事ばかりで、私はいつも寂しい。パパともっと一緒にいたいんだ。」

健一は言葉を失った。自分が家族をどれほどないがしろにしてきたか、初めて気づかされた。仕事に追われる毎日で、静香の気持ちをまったく考えていなかったのだ。

「静香、本当にごめんよ。パパは君のことを愛してる。でも、どうすればいいか分からなかったんだ。」健一の目には涙が浮かんでいた。

「一緒に時間を過ごしてほしい。それだけでいいんだ。」静香は泣きながら言った。

その日から、健一は少しずつ変わり始めた。仕事の時間を減らし、静香との時間を大切にするようになった。毎週末には一緒に出かけるようになり、二人で新しい趣味を見つけたりした。

数ヶ月後、静香と健一の絆は以前よりも強くなっていた。健一は、家庭を大切にすることの大切さを学び、仕事と家庭のバランスを取るよう努力していた。

「パパ、今日はどこに行こうか？」静香は明るい声で尋ねた。

「どうかな、映画でも見に行こうか？」健一は微笑んだ。

二人は一緒に映画館に向かった。健一は、静香の笑顔を見るたびに、自分がどれほど大切なものを失いかけていたかを痛感していた。そして、もう二度と同じ過ちを繰り返さないと誓っていた。

家族の時間を取り戻した静香と健一は、以前よりも幸せな日々を過ごしていた。彼らは、互いの大切さを再確認し、共に歩んでいくことを決意していた。家族の絆は、何よりも強く、美しいものであると悟ったのだった。

終わり