生きる

春秋花壇

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パーキンソン病

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パーキンソン病

朝、目が覚めると、彼の手が震えているのを感じた。最初は軽い震えだった。それでも、それがどこか不安を感じさせ、心のどこかで何かが変わっていくのではないかと予感していた。高橋信夫は56歳。家族に囲まれて過ごす、平穏無事な日々。だが、この震えが、彼の人生を大きく変えることになるとは、信夫もまだ気づいていなかった。

信夫はずっと健康だと思っていた。仕事は順調で、妻の恵美子との関係も良好だし、二人の子供たちも成長してそれぞれの生活を始めていた。すべてが安定していると思っていた。しかし、その震えが次第にひどくなり、日に日に手のひらから足元に広がる感覚が強くなっていった。

ある日、仕事から帰ると、信夫はふらつきながら玄関を開けた。恵美子が心配そうに駆け寄り、「どうしたの?」と声をかける。信夫は苦笑しながら、「ちょっと立ちくらみだよ」と言ったが、その顔にはどこか無理があった。恵美子はすぐに病院に連れて行くことを決めた。

診察の結果、信夫は「パーキンソン病」と診断された。恵美子はその言葉を耳にした瞬間、まるで世界が崩れ落ちるような感覚に襲われた。信夫は気丈に「そんなものだろうな」と言ったが、恵美子は涙を堪えることができなかった。

パーキンソン病とは、神経系の疾患で、筋肉の震え、運動の遅れ、歩行や姿勢の問題などを引き起こす。進行するにつれて、日常生活のすべてが困難になる可能性がある。しかし、信夫はまだその現実を受け入れることができなかった。病気の進行を遅らせる治療法はあったが、完全な治癒はない。彼の心の中に、深い恐怖が広がった。

日々が過ぎ、信夫は徐々に変わっていった。手の震えがひどくなり、歩くのも一苦労になった。恵美子は彼を支えようと必死になったが、彼女もまたその不安を抱えていた。自分が元気でいなければならないというプレッシャーが、次第に彼女を疲れさせていった。

ある日、信夫は鏡の前で自分を見つめながら、ふとつぶやいた。「こんなに変わってしまうなんて…」その声には、焦りと恐怖が混じっていた。恵美子は黙って彼の背中に手を添え、「あなたは変わらないよ」と言ったが、その言葉にはどこかぎこちなさがあった。

信夫は次第に、自分が誰かに頼ることを受け入れなければならない現実を突きつけられた。最初は恥ずかしくて、周囲に助けを求めることができなかったが、次第に自分が動けなくなることが恐ろしいほどに実感として感じられるようになった。手を洗うことさえ、思うようにできなくなった。

その頃、恵美子は息抜きのために自分の時間を作るようにしていた。子供たちと出かけることも増え、少しでも自分をリセットできるようにと努力していた。しかし、ある日、息子の一郎が帰省した際に、恵美子が疲れ切った表情で食事の支度をしているのを見て、一郎はつい口をついて言った。「母さん、もっと自分を大事にした方がいいよ。パパのことで、無理してるんじゃないか?」

恵美子はその言葉を胸に深く刻んだ。彼女は信夫の病気に対して、できるだけ強くあろうとしていたが、それが彼女自身を追い詰めていることに気づいた。信夫の病気は二人の人生を変えていった。恵美子は、信夫の支えになりたいという思いが強くなる一方で、自分を大切にすることの重要性を痛感していた。

数年が過ぎ、信夫の病状は悪化していった。歩くことができなくなり、話すことも難しくなった。しかし、その中でも信夫は恵美子に対して感謝の気持ちを忘れなかった。彼は一度、声にならない言葉で手を握り、「ありがとう」と言った。その瞬間、恵美子は涙がこぼれるのを感じた。

その後、信夫は在宅での介護を受けながら、少しずつ安らかな気持ちで過ごせるようになった。恵美子もまた、彼と共に過ごす時間を大切にし、少しずつ自分の心のケアを意識するようになった。

「どうして、こんなことになったんだろう」と信夫は時々考えることがあったが、彼の中にはまだ、愛する人々との繋がりがしっかりと残っていた。彼は知っていた。どんなに体が動かなくなっても、愛されている限り、心は決して孤独ではないのだと。

パーキンソン病という病気が与えた影響は大きかったが、それを受け入れ、前向きに生きようとする姿勢が信夫を支えていた。そして、恵美子もまた、その姿を見守りながら、共に歩んでいく決意を新たにしたのだった。






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