生きる

未来のための選択

「未来のための選択」

図書館の静けさの中、松永拓也は手元のタブレットに表示されたXの画面を見つめていた。妻と娘を奪った池袋暴走事故以来、彼の人生は一変した。愛する家族の思い出と、絶え間なく押し寄せる喪失感。それでも彼は前を向こうと決めた。それが、残された者の役割だと思ったからだ。

しかし、目の前の画面に表示された言葉は、彼の心を容赦なく刺した。

「子どもと妻死んで悲しいか？笑」
「完全に金目当てで草笑　死ねばいいのに？」

何度読み返しても、その言葉の残酷さに、心が冷たく締め付けられる。特に、「殺してあげよっか？笑」という一言は、理性を超えた怒りと戸惑いをもたらした。それでも、松永はただ一つの問いを自らに投げかけた。

「この子にとって、命とは何だろう？」

数週間後、警察からの連絡で送信者が14歳の女子中学生であることが判明したと知った時、松永は深いため息をついた。

「未成年か……」

その事実を受け入れるまでに時間がかかった。最初は怒りが込み上げた。どうして中学生がこんなことを言えるのか。けれども、怒りが冷めた後、彼の心に残ったのは、悲しみだった。

「この子の未来に、この出来事がどう影響するのか……」

彼は眠れぬ夜を過ごした。中学生の彼女に厳しい処罰を求めるべきか、それとも、彼女の未来を信じ、穏便に済ませるべきか。その葛藤は彼を苦しめた。

最終的に彼が選んだのは、「未来のための選択」だった。

彼はXに投稿した。

「未成年があのような恐ろしい殺害予告を行ったことに、驚きと戸惑いを感じています。けれども、未来ある未成年が、これからより大きな過ちを犯さないよう、毅然とした対応を取るべきだと考えました。」

その投稿は多くの反響を呼んだ。一部からは「甘すぎる」と批判され、また一部からは「人間としての器が大きい」と称賛された。だが、松永にとって重要なのは世間の声ではなかった。重要だったのは、自分自身が納得できる選択をしたかどうかだった。

その日の夜、彼は家族の遺影に向かって語りかけた。

「俺、ちゃんとできたかな……？」

彼の声は震えていた。けれども、部屋に漂う静けさが、まるで答えるように優しく包み込んでいた。松永はそっと目を閉じた。彼がした選択が、あの少女の未来に希望を与えるものになることを祈りながら。

一方で、14歳の少女もまた、家の一室で泣き崩れていた。警察の訪問を受け、ようやく自分がしてしまったことの重さに気づいたのだ。机の上には、「ごめんなさい」と書かれたノートの一ページが広がっていた。

彼女がこれからどう生きるかは、まだ誰にもわからない。それでも、松永が信じた未来は、彼女自身の手に託されていた。

命の重さを知るということ。
それは、二人にとって新たな一歩だった。