生きる

春秋花壇

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生きる理由を探して

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「生きる理由を探して」

目を覚ましたとき、陽介は天井の模様をぼんやりと見つめていた。薄明かりがカーテンの隙間から差し込み、無機質な白い部屋を淡く照らしている。彼はベッドに横たわったまま、ここがどこなのか一瞬わからなかった。

数日前、陽介は駅のホームで立ち尽くしていた。足元を電車が駆け抜ける音が耳に届くたびに、胸の奥で不思議な高揚感が湧き上がり、同時に冷たい恐怖も湧いてくる。そんな中、ふと頭の中に母の笑顔が浮かんだ。

「陽介、ご飯できたよ。好きなハンバーグにしたの。」

小さいころの記憶だ。仕事で疲れた体を休める暇もなく、忙しそうにしていた母が、なぜか笑顔だけは絶やさなかった。そんな日々の記憶が、電車の轟音にかき消されそうになりながらも、彼を引き止めた。

病院に運び込まれた陽介は、自殺未遂の後遺症こそなかったが、心の中に広がる虚無感に変化はなかった。臨床心理士と話しても、どうにもならない壁のようなものが目の前に立ちはだかっている気がした。

「生きる理由がないんです」と陽介はぽつりとつぶやいた。

「生きる理由を探すのは難しいですね」と心理士は静かに頷いた。「でも、生きる『方法』なら、今すぐにでも見つかるかもしれません。」

その言葉に、陽介は眉をひそめた。「方法?」

「はい。生きる理由を見つけるのは人それぞれですが、生きるための行動を起こすことなら、もっと簡単な場合があります。例えば、誰かのために動くこともその一つです。」

退院後、陽介は母の家に戻った。久しぶりに帰った家は、変わらず温かい匂いに満ちていた。母は彼の帰りを何も言わずに迎え入れ、いつものように夕食を用意してくれた。

「陽介、ちょっと手伝ってくれる?」

食器を片付ける母の姿を見ながら、彼は初めて気づいた。母の髪に白いものが増えていること、肩が少し丸くなっていること。何気ない日常に潜む時間の流れが、彼の心にじんわりとしみ込んできた。

次の日、陽介は母と一緒に庭仕事を手伝った。母が大事にしている花壇を手入れしながら、土の感触が不思議と彼の心を落ち着かせた。

「お母さん、この花、ずいぶん増えたんだね。」

「そうなの。陽介が出て行ってから、寂しくてね。こういうのが気持ちを落ち着けるのよ。」

母の言葉に、彼は胸が詰まる思いがした。母は彼がいない間、寂しさを抱えながらも、それを誰にも見せずに過ごしてきたのだ。

ある日、母が地域のボランティア活動に参加する話を持ち出した。

「陽介、一緒に来てくれる?お年寄りのお宅の掃除をするんだけど、手が足りないの。」

最初は気が進まなかった陽介だったが、母に強引に連れ出されて行ってみると、意外なことに充実感を覚えた。小さな部屋の掃除を終えると、そこに住むおばあさんが目に涙を浮かべながら感謝の言葉を口にした。

「こんなにきれいにしてくれて、本当にありがとうね。」

その瞬間、陽介の胸の奥に温かいものが広がった。それは、自分の行動が誰かの役に立ったという小さな実感だった。

帰り道、陽介は母に尋ねた。

「お母さん、どうしてそんなに元気なの?」

母は少し笑いながら答えた。

「誰かのために何かをすると、自分のためにもなるのよ。人の役に立つと、自分も少しだけ幸せになれるの。」

その言葉が、陽介の心に深く刻まれた。

陽介はその日以来、少しずつ外に目を向けるようになった。誰かのために動くことが、彼にとって生きる「方法」になったのだ。そしてその先に、生きる「理由」も見つかるかもしれない。陽介はそう信じて、今日も一歩を踏み出す。






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