生きる

ちゃんと生きるなんて

「ちゃんと生きるなんて」

11月の朝、冷たい雨が窓を叩いている。東京の空気は湿気をたっぷりと含み、冬の手前のどんよりした曇り空が心まで押しつぶしてくるようだ。温度8℃、湿度95％。天気予報の数字がこれほど自分に重なるとは思わなかった。

カフェの片隅、私は手の中のストロングチューハイの缶をじっと見つめていた。本来、朝から飲むものではないと分かっている。でも、そんな「ちゃんとした生活」を送るエネルギーなんてとうに底を尽きていた。

「ちゃんと生きるって、何なんだろうな。」

誰にともなく呟いた声は、自分自身への問いかけだった。これまでの人生、あらゆるものに背を向けて、やるべきことから逃げてきた。仕事は適当にこなし、友人関係も面倒だと切り捨てた。何かを成し遂げようなんて気持ちはとうに失っていた。

隣の席の女性が軽くこちらを見た。目が合うと、少し気まずそうに目を逸らした。その仕草が、まるで自分のだらしなさを責められているように感じて、私は缶をひねる手に力を込めた。

「ちゃんと生きてみろよ」なんて、誰も言わない。それでも、自分の中にある小さな声がしつこく問い続ける。「これでいいのか？」と。いや、良くないのは分かっている。ただ、ちゃんと生きるなんてのは、どう考えても無理だ。そんな完璧な姿、映画の中にしか存在しない。

それに、ちゃんと生きられないのなら、死んだ方がいいのか。ふとそんな考えがよぎるが、その間にある「だらしない生き方」が、私を何とか現実に繋ぎ止めていた。

たとえば、こうしてカフェでぼんやりしている時間。朝から飲むチューハイも、だらしないけど嫌いじゃない。少しだけ暖かい空間に逃げ込んで、自分を責めるのをやめる。そんな「だらしなさ」も、どこか救いだと思う。

窓の外、雨はしとしとと降り続けている。傘を差した人々が早足で通り過ぎていく。彼らには、ちゃんとした生活があるのだろう。家族がいて、仕事があって、夢や目標に向かって進んでいるのかもしれない。

私は、そんな彼らの生き方を羨ましいと思うことがある。でも、だからといって、自分を変えられるかといえば、それもまた無理だと思う。結局、「ちゃんと生きる」なんて理想は、私には到底届かない場所にある。

手の中の缶が空になる。冷たいアルミが指先に触れて、少しだけ現実に戻った気がした。とりあえず、缶を捨てるために立ち上がる。それすらも、面倒に感じる自分がいる。

カフェを出ると、冷たい雨が頬を打つ。その感触に、少しだけ目が覚めた気がした。これもまた、生きている証だと思う。ちゃんと生きていなくても、だらしなくても、呼吸をしている限り、この冷たい雨を感じることができる。

そんな小さなことを考えながら、私は歩き出す。どこへ向かうのかは分からない。ただ、立ち止まらずに歩くことだけは決めた。

ちゃんと生きられないけど、それでも私は、ここにいる。