生きる

見過ごすという美しさ

「見過ごすという美しさ」

久美子は、ふとしたことで人と距離を置いてしまう性格だった。自分に悪気がないときほど、相手が何気なく発した言葉や行動に引っかかってしまい、心が波立つのだ。そんなある日、友人の美咲とランチをする約束をしていたとき、久美子は彼女の発言に傷ついた。

「いつも何か考えすぎじゃない？もう少し気楽に生きたら？」

美咲は悪気なく言ったつもりだったが、その一言に久美子の心はふと冷たくなった。確かに、自分は考えすぎるところがあると分かっている。しかし、それを無遠慮に指摘されると、どうしても心が重くなる。ランチの後、久美子は帰りの道で何度も美咲の言葉を反芻していた。

「どうしてそんな言い方をしたんだろう…。私の気持ちを全然分かってくれていないんだな」

けれども、その日はふと目にした書店の入り口に、こんな言葉が掲げられていた。「洞察力があればすぐに怒ることはない。過ちを見過ごす人は美しい」。心にじんと響いたのは、まるでその言葉が自分に向けられているように感じたからだ。

「私が怒ってしまうのは、もしかすると美咲のことを思いやれていないからかもしれない」と、久美子は内心反省し始めた。美咲が発言したのは、きっと彼女なりに久美子を心配してくれたからで、決して悪気があったわけではない。思い返せば、美咲はいつも自分を励ましてくれる存在だった。

そう思い直した久美子は、美咲に対して冷たく接するのをやめることにした。過去の小さな衝突や感情のすれ違いもすべて水に流そう。相手に悪気がなかったのだと思えば、自然と心も軽くなる気がした。人はお互いの違いを理解し、受け入れることで絆を深めていけるのかもしれない――そう考え始めると、怒りの感情がじわじわと消えていくのを感じた。

その週末、美咲ともう一度会う約束をした久美子は、自然な笑顔で彼女を迎えた。二人でゆっくりと過ごすうちに、久美子の心の中でわだかまっていた不安や不満が少しずつ解けていった。

「美咲、いつも私のことを気にかけてくれてありがとう。私も、もっと気楽にやってみるね」

そんな風に素直に言葉にしてみると、美咲は目を丸くして、それからあたたかい微笑みを返してくれた。「そう思ってくれたなら、私もうれしいよ。久美子が無理なく笑ってくれたら、それだけで十分だよ」

その瞬間、久美子は自分が心のなかで抱えていたものが、本当に小さなことだったと気づかされた。小さな言葉のすれ違いは、人を思う気持ちが少しでも欠けてしまうと簡単に大きくなってしまう。それを見過ごし、相手の気持ちを思いやることの美しさを、久美子は初めて理解したのだった。

これからも、些細なことで心が揺れてしまうことはあるかもしれない。でも、許すことができる自分でありたい――久美子は心の奥底でそう誓った。