生きる

血の止まらない夜

血の止まらない夜

エリカは、ふとした瞬間に涙が流れ落ちることに気づいた。忙しい日々の中で、ふとした瞬間に感じるその無力感。過多月経の症状に悩まされる毎日。血が止まらない――それが彼女の日常だった。

処方されたトラネキサム酸を、エリカは毎月必ず手に入れて飲んでいた。血が止まらない。出血多量になれば、体力は消耗し、最悪の場合、命にかかわることだってある。だからこそ、薬は彼女にとってなくてはならない存在だった。

しかし最近、薬局の薬剤師から聞いた話が気になっていた。「トラネキサム酸、美容目的で使う人が増えてるんだよね」と。その言葉が頭の中で響き続けていた。美容やアンチエイジング目的で、何の症状もない健康な人たちが使うようになったという。それを聞いたとき、エリカはその背後にある矛盾に胸が痛んだ。

「なぜ、私みたいに命の危険を感じる人が薬を手に入れづらくなってしまうのか？」という疑問が頭を占めるようになった。薬が足りなくなり、扁桃腺炎でかかりつけの主治医に処方を頼んだとき、「喉に効くトラネキサム酸が足りなくて、今出せないんだよね。ごめんね」と言われた言葉が胸を締めつけた。

エリカの体に必要なのは、命を守るための薬であり、美容目的で使う人たちが増えることで、薬が手に入らなくなる現実だった。健康な人たちがその薬を美しさのために使う一方で、本当に必要としている人が手に入れられない。どうしてこんなことになってしまったのか。

彼女はその夜、眠れなかった。布団にくるまっても、考えが頭を離れない。どうして薬がそんなふうに流通してしまうのか。なぜ、どこで必要とされている薬が無駄に使われてしまうのか。彼女の体はその答えを知りたがっていた。

眠れない夜に、ふと頭に浮かんだのは、「もしも美容目的で使っている人のところに、私が立って、血が止まらない…血が止まらないぃぃー！」と一晩中呻いてやりたいという気持ちだった。もちろん、エリカはその感情が過剰で、荒唐無稽だということも理解していた。けれど、その不満が込み上げてきたとき、どうしようもなく抑えきれなかった。

心の中で、そうしても仕方ないのだという言葉が繰り返される。それは、ただの怒りではなく、悲しみと恐れが混じった感情だった。

翌日、エリカはまた薬局に向かった。彼女のために処方されたトラネキサム酸が、しっかりと手に入るように願いながら。その薬を飲むことで、ようやく安定を取り戻せることを知っていたから。

薬局に着くと、いつもの薬剤師が顔を出した。「エリカさん、こんにちは。今日もトラネキサム酸ですね？」と優しく声をかけてきた。

「はい、お願いします。」エリカは少し控えめに返事をした。

薬剤師は、彼女の顔を見て少し表情を曇らせた。「最近、トラネキサム酸が美容目的で使われることが多くなって、供給が安定していないんです。それでも、エリカさんのように本当に必要な方に届くように、手配しますから。」

その言葉を聞いて、エリカは少し安心したような気持ちになった。彼女が抱える不安は、少しだけ和らいだ。それでも、心の奥底にある不満や疑問は消えたわけではなかった。彼女は再び考えた。なぜ、美容目的で使う人たちが増え、薬が手に入りづらくなってしまったのだろう。

その日は、その答えを見つけることができなかった。けれど、エリカは決して諦めない。自分の命を守るために、必要な薬が届くように、声を上げ続けることが大切だと思った。

あの日、彼女は一晩中呻くことはなかった。しかし、心の中で決意した。自分が必要とする薬を、他の誰かが不必要に奪わないように。それは、命の大切さを守るために、戦わなければならないことだと、心に深く刻んだ。

その夜、エリカは眠ることができた。