生きる

誰かのために生きてこそ人生には価値がある

“Only a life lived for others is a life worthwhile.”

「誰かのために生きてこそ人生には価値がある」

アルバート・アインシュタイン（ドイツ生まれの理論物理学者）


誰かのために生きてこそ人生には価値がある

田中雄介は、ふとした瞬間に自分の人生に意味があるのかと疑問を抱くようになっていた。50代も半ばを過ぎ、定年が近づいている。毎日同じ仕事を淡々とこなし、家に帰ればテレビを見て寝るだけ。家族との会話も減り、子どもたちはすでに独立して家を出ていた。日々がただ過ぎ去っていくだけのように感じた。

「俺の人生、これでよかったのか？」

ある日の夜、雄介はビールの缶を片手にソファに座りながら、独り言のように呟いた。仕事での大きな達成感もない。家族のために働き、家のローンを払い続けてきたが、それ以外に特筆すべきものは何もないように思えた。自分自身が何のために生きているのか、何のために働いているのか、わからなくなっていた。

そんなある日、雄介は久しぶりに故郷の町へ足を運ぶことにした。田舎で暮らす母親が体調を崩したという知らせを受けたのだ。彼は東京の生活に追われて、何年も実家には帰っていなかった。母の顔を見るのは久しぶりだ。東京から数時間の電車を乗り継ぎ、雄介はようやく実家の玄関に立った。

「雄介、久しぶりだね。」

玄関を開けると、母の小さな笑顔が迎えてくれた。彼女は以前よりも随分と痩せ、背中も曲がっていた。昔はあんなに元気だった母親が、いまはすっかり老いていた。

「母さん、大丈夫か？」と雄介は心配そうに声をかけた。

「まあまあよ。あんたがこうして来てくれるだけで、元気が出るわよ。」

その言葉に、雄介は胸が締め付けられるような思いを感じた。普段は電話で簡単に済ませていたが、実際に顔を合わせると、彼女がどれほど孤独だったかが痛いほど伝わってきた。

夕食を済ませ、雄介は母親と向かい合って話をした。日常の何気ない会話だったが、母の目にはどこか安心感が宿っているようだった。食卓を囲むこの時間が、どれほど母にとって大切だったのか、雄介はようやく理解した。

翌日、雄介は実家の近くを散歩していた。昔よく遊んだ川や、友達と走り回った田んぼ道が懐かしい。歩きながら、ふと子どもの頃のことを思い出した。父が早くに亡くなり、母は女手一つで彼を育ててくれた。いつも忙しそうに働きながらも、彼のために一生懸命だった母の姿が浮かんだ。

「ああ、母さんは俺のために生きてきたんだな…」と、雄介は心の中で思った。

その瞬間、彼は自分のこれまでの人生を振り返った。自分が誰かのために何かをしたことがあっただろうか。家族のために働いてきたつもりだったが、それが本当に彼らのためになっていたのか、ただの自己満足ではなかったのか。

帰り際、母親がふとこう言った。

「雄介、あんたはこれまで立派に働いてきたわ。だけどね、人生は誰かのために生きることで、本当に価値が生まれるのよ。自分だけのためじゃなく、誰かを幸せにすることが、あんたの生きる意味になるんだから。」

その言葉は、雄介の胸に深く刺さった。母親が何のために生きてきたのか、彼はようやく理解した気がした。彼女は自分の人生を息子である雄介に捧げ、彼の成長を支えてきたのだ。

電車に乗って帰る途中、雄介は考えた。これから自分は何のために生きるべきなのか。これまでの生活は、自分と家族のためだけに働いていた。それも大切なことだったが、それだけでは心の満足は得られない。母の言葉を胸に、自分が誰かのために何ができるのかを考え始めた。

数週間後、雄介は地元のボランティア活動に参加することにした。児童養護施設で、父親がいない子供たちと過ごす時間を作る活動だ。初めは戸惑いもあったが、子どもたちと触れ合ううちに、雄介は自分が何かの役に立てることに喜びを感じ始めた。

ある日、施設で過ごしていた少年が、雄介にこう言った。

「おじさん、僕にもお父さんがいたら、こんなふうに一緒に遊んでくれたのかな？」

その言葉に、雄介は目頭が熱くなった。自分が誰かにとって必要とされていること、それがこんなにも嬉しいものだとは思わなかった。子どもたちの笑顔を見ていると、心の中が満たされていくのを感じた。

誰かのために生きること。それが、雄介にとっての新しい生きがいとなった。

雄介は今、以前とは違った充実感を感じながら毎日を過ごしている。彼の人生に、新たな意味が生まれたのだ。母親の言葉が導いてくれた、誰かのために生きるということ。それこそが、雄介にとっての本当の「価値」だった。

そして、彼はこれからも、誰かのために生き続ける決意を固めたのだった。