生きる

春秋花壇

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燃え尽きた心

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燃え尽きた心

佐藤隆は、40代半ばの中年サラリーマンで、誰よりも仕事に打ち込んでいた。彼は、競争社会で生き抜くため、他人に遅れを取ることを恐れ、一心不乱に働いていた。上司からの信頼も厚く、部下からの相談も引き受ける。いつも「頼りになる佐藤さん」として、周りに期待されていた。それは誇りでもあり、彼のアイデンティティそのものだった。

しかし、数年前から彼は少しずつ違和感を感じ始めた。毎日深夜まで働いても、達成感がない。仕事を終えたはずなのに、次から次へと新しい課題が降ってくる。完璧に仕事をこなしても、報われている気がしなかった。むしろ、責任が重くなる一方だった。

休日になっても心の休まる時間はなかった。家で何もしないことに耐えられなくなり、休日でも仕事のメールを確認し、何かしらのタスクを見つけて取り組んでしまう。美しい自然の中で家族と過ごす時間よりも、仕事をしないことへの罪悪感が彼を苛んでいた。彼はまるで檻の中の動物のように、家の中を落ち着きなく歩き回っていた。そして、月曜日の朝になると、ほっとして会社に向かう自分がいた。

そんな日々が続く中、彼は徐々に変わり始めた。少しのミスにも苛立ち、周りへの当たりが強くなった。部下への指示も厳しくなり、周囲から距離を置かれるようになった。それでも彼は自分に鞭打ち、「もっと頑張らなければ」と思い込んでいた。疲れ果てていたが、立ち止まることが怖かったのだ。

ある日、彼は仕事の後、まっすぐ家に帰ることができなかった。疲れきっていたはずなのに、なぜか喫茶店に寄り、そこで数時間ぼんやりと過ごした。家に帰ることが恐ろしくなっていたのだ。妻の真奈美と顔を合わせるのも嫌で、無言のまま家に帰るのが重荷だった。結婚当初、真奈美とは何でも話し合えたが、今では彼女の言葉はどこか冷たく感じた。彼が家に帰ると、テレビを見ながら何も言わない姿が増えていた。会話も少なくなり、彼女が心の中で何を考えているのか、もはやわからなかった。

数ヶ月後、佐藤はとうとう家に帰らなくなった。仕事の後、バーで酒を飲み、酔っ払っては会社の近くのビジネスホテルに泊まるようになった。家族のことを思い出すたびに胸が痛んだが、それでもどうしても家に足を向けることができなかった。仕事が終われば、また翌日が始まる。そのサイクルだけが彼を支えていた。

そんなある日、彼は会社で倒れた。長時間の過労が積み重なり、心身ともに限界を迎えていたのだ。医者に診断されたのは、重度のうつ病と「燃えつき症候群」だった。彼の体はもう働ける状態ではなかったが、それでも彼の心は「働かなければならない」という強迫観念に囚われていた。

入院生活が始まり、彼はようやく自分の状態を見つめ直すことができた。医者からの助言で、彼は初めて「燃えつき症候群」という言葉を耳にした。自分の症状を理解すると同時に、無理をし続けた自分を責めた。しかし、医者は彼に言った。

「佐藤さん、あなたは真面目すぎるんです。仕事に対する責任感が強すぎる。少し肩の力を抜いてください。休むことも仕事の一部だと考えましょう。」

病室の窓から外を眺めると、青い空が広がっていた。家族に対して何もできなかった自分を悔いたが、それでも彼は再出発することを決意した。家に帰ることが怖くなくなる日が来るように、少しずつ歩み始めるつもりだった。

真奈美は、彼が病院で療養している間、ほぼ毎日彼を訪ねた。無言の時間も多かったが、彼女はそっと彼の手を握りしめ、「これからは一緒に、ゆっくりやっていきましょう」と静かに言った。その瞬間、佐藤は初めて心の中に安堵感を覚えた。

再び燃え尽きることなく、家族との新しい生活が始まることを願いながら、彼は小さな一歩を踏み出した。








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