生きる

お天気雨の9月の末日

お天気雨の9月の末日

9月の終わり、薄い秋の空に不意に降り注ぐお天気雨が街を湿らせていた。ヒロコは、窓越しにその光景を眺めながら、胸の中に静かな焦りを感じていた。彼女はもう何ヶ月も家にこもりきりだった。以前は簡単に歩けていた道も、今では遠い過去の話のように思えた。

体が言うことを聞かなくなって久しい。歩くことさえ億劫になり、外に出るのが恐怖とすら感じるようになっていた。しかし、郵便局へ向かう途中で見た75歳過ぎのガードマンたちの姿が、彼女の心に小さな火を灯した。彼らは黙々と働いていた。老いてもなお、生活のために体を動かしているその姿に、ヒロコは自分の姿を重ねずにはいられなかった。

「お金がないって、ただぼやいてるだけじゃ何も変わらないんだな…」

心の中でそうつぶやく。小説を書いて食べていけるという夢は、ヒロコにとって未だ手の届かない遠い存在だった。何年も努力してきたつもりだったが、現実は甘くなかった。月に600円しか稼げない。夢の道を進み続けたい気持ちはあったが、生活のためには別の方法も模索する必要があった。

「探すしかないか…」

歩けるようになりたい。体が自由に動けば、少なくとも新しい道を探すための一歩を踏み出すことができる。しかし、ヒロコはこれまで自分の体の現状と向き合うことを避けてきた。ケアマネージャーの提案してくれたリハビリも、つい「今はいいです」と断ってしまったのだ。何かを始めることへの恐れ、そして変わらない自分への無力感。それがヒロコの心を蝕んでいた。

決意
窓の外に降るお天気雨を眺めていたヒロコの心に、小さな変化が訪れる。それは、ただの雨ではないように思えた。雨粒がキラキラと光り、秋の日差しが混ざり合う不思議な光景が、彼女の心を打ったのだ。まるで自然が彼女に「変わる時だ」と囁いているかのようだった。

「やってみようか…」

ヒロコは静かに決意した。ケアマネージャーが提案してくれたリハビリを試してみよう。これまで「やってみても無駄だ」と心の中で決めつけていたが、それを乗り越えて前に進むことができるかもしれない。失敗してもいい、少しずつでも変わることができるかもしれない。彼女は再び歩けるようになる未来を、かすかに思い描き始めた。

リハビリへの一歩
数日後、ヒロコはケアマネージャーに電話をかけた。久しぶりにかけるその番号は、なぜか遠く感じられたが、思い切ってリハビリの話を持ち出した。

「リハビリのこと、考え直してみました。少しずつでいいので、始めてみようと思います。」

ケアマネージャーは温かく、喜んでサポートを申し出てくれた。彼女はヒロコに対して無理をせず、自分のペースで進めることを提案した。それは、ヒロコにとって大きな安堵となった。

リハビリの初日、ヒロコは緊張しながらも希望を胸に抱いて、施設のドアを開けた。そこには、彼女と同じようにリハビリを受けている人々がいた。みんながそれぞれの苦しみを抱えながらも、前を向いていた。そんな姿を目の当たりにして、ヒロコの心に勇気が湧いてきた。

最初のステップは小さな動作からだった。ヒロコの体はまだ思うように動かなかったが、それでも一歩を踏み出したことに意味があった。少しずつ、少しずつ、体が変わっていく感覚がした。彼女は焦らずに進もうと決めた。

新たな目標
リハビリを続ける中で、ヒロコは新たな目標を見つけた。それは「もう一度、自分の足で郵便局まで歩けるようになること」。以前、75歳過ぎのガードマンたちの姿を見て自分に問いかけた時と同じ道だ。彼女は彼らのように、体が動かなくなっても働き続ける姿に感銘を受けた。

自分もそうありたい。体を動かすことの大切さ、歩くことで得られる自由を再び手に入れたいと思ったのだ。

そして、再び歩けるようになった時には、小説も書き続けたい。今のように現実に直面しながら、別の道を探すことは必要だとしても、彼女の心の中にある「書きたい」という願いは消えることはなかった。生活のために他の手段を模索しながらも、ヒロコは執筆を諦めるつもりはなかった。何かしらの形で、自分の思いを表現し続けたいという気持ちが彼女を支えていた。

未来へ
9月の末日、お天気雨が止み、空には美しい虹がかかっていた。ヒロコは窓からその光景を眺めながら、静かに微笑んだ。これからの日々は簡単ではないだろうが、一歩一歩前に進む決意を新たにした。

彼女は再び歩けるようになり、郵便局への道を進む日を心に描いた。その先にある未来はまだ見えないが、ヒロコはそれでも、今の自分を受け入れながら前に進んでいこうと決めていた。