生きる

春秋花壇

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現実と非現実の狭間

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現実と非現実の狭間

目を開けると、真夏の眩しい光が部屋いっぱいに差し込んでいた。涼子はベッドから起き上がり、ぼんやりと窓の外を見つめた。汗ばむ肌に不快感を覚えながらも、何かしら現実感が薄い。目の前に広がる景色が、どこか遠い異世界のもののように感じられた。

「昨日の夢のせいかしら……」

涼子は思わず口にした。昨夜見た夢が、どうも現実と違和感なく繋がっている感覚が拭えない。夢の中で彼女は、知らない街を歩いていた。そこには見知らぬ建物や、異国のような空気が漂っていたが、すべてが妙に現実的だった。現実と夢の区別がつかなくなっているような気がする。

いつもなら、夢から覚めるとすぐに現実に引き戻される。しかし、今朝は違う。夢の残滓が頭にまとわりつき、現実と非現実の境界が曖昧になっているように感じた。

涼子は身支度を済ませ、仕事に向かう準備を始めたが、現実感のない感覚は一向に消えなかった。部屋を出るとき、彼女はふと、床に置かれた鏡を見つめた。普段はなんの変哲もない姿見だが、今日は何かが違って見えた。

鏡に映る自分自身が、まるで他人のように感じられる。涼子は立ち止まり、鏡の前に立つ自分に向き合った。映し出される女性は、自分の顔だが、その表情はどこか生気を失っているようだった。目の奥に微かな光が宿っていない。その瞬間、涼子は冷たい恐怖を感じた。

「私は……誰?」

その問いが頭をよぎった。自分が現実にいるのか、それともまだ夢の中にいるのか、確信が持てなくなった。頭の中をぐるぐると回る感情の渦に飲み込まれそうになりながら、涼子はその場から逃げるようにして玄関を飛び出した。

仕事場に向かう途中、街の喧騒が耳に響いた。人々の声や車の音が、彼女を現実に引き戻そうとしている。だが、それでもまだ心のどこかに違和感が残っていた。すれ違う人々の顔も、建物の形も、すべてがどこか非現実的に歪んで見える。

仕事場に到着し、席に着いた涼子は深呼吸をした。パソコンを開き、仕事に集中しようとしたが、画面に映る文字さえも、どこか自分とは無関係なもののように感じた。

「涼子さん、大丈夫?」

隣の席の同僚、佐藤が声をかけてきた。涼子は驚いて顔を上げる。

「あ……うん、大丈夫。ちょっと疲れてるだけ」

自分の声が、まるで他人の声のように響く。涼子は再び画面に目を戻したが、集中できない。頭の中に再び昨夜の夢の風景が浮かび上がってきた。夢の中で歩いていた街の景色が、どこかこの現実世界とリンクしているような気がする。

「どうしてこんなに混乱しているんだろう……」

涼子は自問した。彼女は何度か深呼吸をし、心を落ち着かせようとしたが、夢の記憶はますます鮮明になっていった。夢と現実の境界が、完全に曖昧になってきたのだ。

その時、不意にデスクの上の携帯が震えた。涼子は画面を確認すると、見知らぬ番号からの着信だった。少し迷ったが、何かに引き寄せられるように通話ボタンを押した。

「もしもし?」

「涼子さん、あなたは今どこにいますか?」

電話の向こうから聞こえてきた声は、冷たく落ち着いた女性の声だった。涼子は息を飲んだ。聞き覚えのない声だが、なぜか懐かしい感じがする。

「私は……今、仕事場にいます。あなたは誰?」

「私はあなた自身。だけど、もう一人のあなたでもある」

その言葉に、涼子の心臓が跳ね上がった。鏡の中に映ったもう一人の自分、そして夢の中の風景。すべてが一本の線で繋がったように感じた。彼女は、今自分が生きている現実が、どこまでが本当でどこまでが幻なのか、もはや確信が持てなくなっていた。

「どういうこと?」

電話の相手は答えなかった。ただ、静かな息遣いだけが続く。涼子は震える手で携帯を握りしめた。

「あなたは、どちらの世界を選びますか?」

その問いが、最後に響いた。電話はそこで途切れた。

涼子は電話を切り、しばらく呆然と座っていた。仕事場のざわめきが遠く感じられる。彼女は立ち上がり、窓の外を見つめた。太陽の光がまぶしく、現実世界がどこまでも続いているように見えるが、その光景が本物なのか、まだ疑念が残る。

「私は……どっちにいるんだろう?」

自分が立っているこの場所が現実なのか、それとも非現実の中に囚われているのか。その問いに答えが出ないまま、涼子は再び席に戻った。結局、どちらが現実でも、自分の行動は変わらない。彼女はキーボードに手を置き、画面を見つめた。夢と現実の狭間で、彼女はそのまま仕事を続けるのだった。

その夜、彼女は再び夢を見た。現実と非現実の境界を行き来しながら、涼子はその狭間で生き続けていくことを選んだのかもしれない。






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