生きる

春秋花壇

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白昼夢

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「白昼夢」

空はどこまでも青く澄み渡り、太陽の光が大地を照らしている。静かな村の片隅に、春子は一人、広がる麦畑の中に立っていた。頬に触れる風が、まるで昔の思い出をそっと撫でるように、優しく彼女を包み込む。

「ここは……夢なのかしら?」

春子は自分の足元に広がる土の感触を確かめるように、ゆっくりと歩き始めた。現実のようで現実ではない――そんな不思議な感覚に囚われていた。目の前に広がる景色は、どこか懐かしいけれど、どこか違う。子供の頃に見た風景が混ざり合い、時を越えて今の彼女の記憶に重なっているかのようだった。

ふと、遠くに小さな影が見えた。それは若い男の姿だった。彼は麦畑を横切り、春子に向かって歩いてくる。

「君、ここで何をしているんだ?」

声を掛けられた瞬間、春子の心臓が一瞬止まったかのようだった。その声は、記憶の奥底にしまい込んでいたものだった。忘れたくても忘れられなかった、その声……。

「あなたは……?」

男は微笑みながら彼女に近づいてきた。彼の姿は春子の知る誰かに酷似していたが、その顔は少しぼやけていてはっきりとは見えない。それでも、春子はその姿に確かな親しみを感じていた。

「俺たち、昔ここで出会ったんだよ」

「昔……?」

春子の脳裏に、幼い頃の記憶が次々に蘇ってくる。子供時代に遊んだこの場所、忘れかけていた景色。そして彼。確かにここで会ったことがある。彼と共に過ごした時間は、春子にとって特別なものだった。

「ずっと、君を待っていたんだ」

男の声はどこか切ない響きを帯びていた。春子はその言葉に、何か大きな喪失感を感じた。

「でも……あなたは、いなくなったじゃない」

春子の胸が締め付けられるように痛む。彼は、ある日突然姿を消した。何の言葉もなく、理由も告げずに。彼のことを思い出すたび、春子は心の中で問い続けていた。「どうして?」と。

「俺は、ここにいるよ。ずっと、君の中に」

男は微笑みながら春子に手を差し伸べた。その手は暖かく、確かに存在しているようだった。しかし、どこか現実のものではないような感覚もあった。

春子はその手を取ろうとしたが、ふと何かが頭をよぎった。この瞬間、現実の彼女の生活が一瞬にしてフラッシュバックした。仕事や日常の雑事、周りの人々との関わり。そして――彼女が本当に大切にしなければならないものが、現実にはあることを思い出した。

「私、行かなくちゃ」

春子は静かに彼に告げた。

「また会えるさ。夢の中で、いつでも」

彼はそう言い残し、ゆっくりと消えていった。周囲の景色も次第に薄れ、春子の視界がぼやけていく。現実と夢の境界が曖昧になり、彼女は再び意識を取り戻した。

目が覚めると、春子は自分の部屋に戻っていた。窓の外には、現実の街並みが広がっている。朝の陽光がカーテン越しに差し込み、彼女の顔を照らしていた。

「夢……だったのね」

彼の姿は現実にはない。しかし、夢の中で再び彼と出会えたことに、春子はどこかほっとした気持ちになっていた。

現実にはもう彼はいないけれど、その存在は春子の中で生き続けている。夢はいつでも、彼女を過去と繋げる場所なのだ。

現実の世界で、春子は再び歩き出す。新たな一歩を踏み出すために。









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