生きる

永遠の奇跡

「永遠の奇跡」
夜の静けさの中、リサは研究室の椅子に深く座り込み、目の前に広がるモニターを見つめていた。彼女は生物学者であり、特に老化に関する研究に没頭していたが、そのテーマが彼女の人生全体を支配していた。

「なぜ人間は死ななければならないのか……」と、彼女は独りごちた。

モニターには、最新の胎児の形成過程を映し出す映像が流れていた。母体内でわずか数ミリの存在が、人間という複雑な生命体へと成長していく様子は、何度見ても感動を呼び起こす。リサはその過程を「奇跡」としか表現できないと感じていた。

彼女の隣にいた助手のタカシも、その映像に見入っていた。「リサ、これを見るたびに思うんだけど、人間の体って完璧に設計されているよね。受胎から誕生までのプロセスがこんなに精緻で、なおかつ機能的だなんて、まさに奇跡だよ」

リサは頷いた。「そう、でもその奇跡がどうして永遠に続かないのかが、私にはどうしても理解できないの。なぜ老化が始まってしまうのか。自然界がこれほど完璧な生命を作り上げたのに、なぜそのまま永遠に維持できないのか」

タカシは肩をすくめ、「それが僕たちの研究テーマだろ？答えを見つけるために、俺たちはここにいるんじゃないか」と、少し冗談めかした口調で言った。

リサは笑顔を返したが、その笑みにはどこか寂しさがあった。彼女には個人的な理由があった。母が若くして病に倒れ、わずか数年で命を落としてしまったことが、彼女の人生観を深く変えたのだ。母が亡くなったその日から、リサは死というものが何なのか、そして人間が永遠に生きることは可能なのかを問い続けていた。

「タカシ、もし私たちが永遠に生きられる方法を見つけたら、人類はそれを選ぶと思う？」リサは不意に問いかけた。

タカシは少し考え込み、真剣な表情で答えた。「選ぶかどうかは人によるだろうね。でも、少なくとも選択肢があることは重要だと思うよ。僕たちは限りある命だからこそ、毎日を大切に生きている。でも、もしその限りがなくなれば、人々は何を求めるんだろうか？」

リサはふと、幼い頃に母から聞いた聖書の話を思い出した。母は詩編の一節をよく引用していた。「わたしはひそかに造られ、そのすべての部分が書き記されてい（た）」と。リサは母の言葉を思い起こしながら、ダビデの感じた神秘を再び心に抱いた。科学がいくら進んでも、人間の体の奇跡的な作りに対する畏敬の念は薄れることがなかった。

その夜、リサは家に帰ってからもしばらく考え続けた。彼女は自分が追い求めている「永遠の命」というテーマについて、再度深く向き合う必要があると感じた。もし永遠に生きる方法が見つかっても、それは本当に人類にとって幸せなことなのだろうか。母がよく語っていたように、限りある命だからこそ、その一瞬一瞬が美しいのではないか？

次の日、リサはふと、母の遺した聖書を手に取った。詩編139章が開かれたページには、ダビデの感動の言葉がそのまま書かれていた。「あなたはわたしの腎臓を造り、わたしを母の腹の中に仕切り分けて保たれました……」

リサはページを指でなぞりながら、心の中でその言葉を反芻した。科学が進歩し、人間が永遠の命を手に入れることができるかもしれないという時代にあっても、ダビデが感じたこの「生命の神秘」に対する感動は、何千年も変わらないものだった。

その時、リサは思った。「もしかしたら、人間は元々永遠に生きるように設計されていたのかもしれない。自然が与えた限りある命は、何かの理由でそう設定されてしまったのかもしれない。でも、そのデザインの奥には、何かもっと深い意図があるのかもしれない」

リサは再び研究室に戻り、老化を防ぐための研究を続けることを決心した。だが、それと同時に、命が限られていることの意味をも考えるようになった。もし人間が永遠に生きることができたとしても、その「奇跡」をどのように受け止めるべきなのか。それは一人一人が見つけるべき答えなのだろう。

結局、リサの研究がどれほど進んだとしても、彼女は「命の奇跡」と「限りある時間」の美しさを同時に抱き続けることを選んだ。永久に生きるかどうかは問題ではない。大切なのは、与えられた時間をどのように生きるかだと、彼女は深く感じていた。