生きる

永遠の設計図

「永遠の設計図」
世界が変わる日、それは静かに訪れた。誰もがその瞬間を見逃していたが、全てはすでに始まっていた。

リサは研究室の窓から遠くの空を眺めていた。彼女はバイオテクノロジーの専門家で、かつて科学の最前線に立つ者として夢を抱いていた。しかし、今ではその夢が形を変え、彼女は不安と葛藤の中に立っていた。目の前に広がる光景は、かつてとは全く違う現実の一部だった。

彼女の所属する研究機関は、何年も前に政府から「プロジェクト・エターナル」という極秘プロジェクトの一環として依頼を受けた。目的は単純だが、恐るべきものだった。人間を「永遠に生きる存在」にする、というものだ。すでに研究が進み、数十年にわたる実験の成果が結実しつつあった。リサ自身もその研究に参加し、驚異的な技術の開発に貢献していた。

「人は、果たして永遠に生きるべきなのか？」

その問いが、彼女の心に重くのしかかる。研究所のチームはついに、老化の過程を完全に停止させる技術を開発した。細胞の劣化を防ぎ、DNAを修復するナノテクノロジーが体内に常駐し、体の機能を完璧に保つというものだ。これにより、理論上、人間は永遠に生き続けることができる。

試験体は何度もシミュレーションを通じて完全な成功を収め、いよいよ人間に適用される段階に来ていた。リサは、自らもその被験者の一人となる運命を受け入れていた。自分が設計した技術に自信があったし、その結果をこの目で確かめる義務があると思っていた。

ある夜、彼女は手術室のベッドに横たわり、冷たい金属の光を反射する天井を見上げていた。機械の音が静かに響く中、リサの体にナノマシンが注入される手順が進んでいた。徐々に体温が上がり、全身に奇妙な感覚が走る。痛みはないが、まるで自分の細胞一つ一つが何かに触れられているようだった。

「これで、永遠に…」リサは目を閉じた。

手術が終わると、彼女の体には何の変化も感じられなかった。だが、それこそが成功の証だった。次第に時間が経ち、他の被験者たちも同じように変化の兆しを見せなかった。老化が止まったのだ。彼女たちは永遠に若さを保ち、病気や事故以外では死ぬことがない存在になった。

年月が経つにつれ、リサは自身の決断を疑うようになった。最初はただの好奇心だったが、それが次第に重い感情に変わっていく。周りの人々が歳を取り、彼女の家族や友人が次々と世を去っていく中で、リサだけが変わらぬ姿で生き続けていた。

「これが永遠の代償なのか？」

彼女は街を歩くたびに、鏡に映る自分と対峙するたびに、孤独を感じるようになった。全てが変わっていくのに、自分だけがその変化から取り残されている感覚は、次第に彼女の心を蝕んでいった。

さらに時代が進むと、リサと同じように「永遠の命」を選んだ者たちは、他の人々から次第に疎まれるようになった。永遠に生き続ける者たちと、限りある人生を生きる者たちとの間に溝ができ、その溝は深く広がっていった。社会は分断され、永遠の命を持つ者たちは隔離されたコミュニティに追いやられた。

リサもまた、その一員となったが、彼女の心はすでに疲れ果てていた。無限に続く時間の中で、彼女は何度も後悔を感じるようになった。最初はただ技術の進歩に興奮し、未来への期待を抱いていた自分が、今では永遠の中に囚われている。

ある日、リサは研究室に戻り、自分の手で作り上げたシステムを見つめていた。永遠の命を授けるナノマシンの設計図が画面に表示されている。彼女はゆっくりとそのデータを操作し、消去するためのプロセスを開始した。

「もう、これで終わりにしよう…」

リサの手は震えた。彼女はその決断をすることで、また一つの未来を変えようとしていた。だが、永遠に生き続けることが、人間にとって本当に必要なことなのか？彼女はその問いに対する答えを見つけられないまま、ナノマシンの設計図を完全に削除した。

その瞬間、リサの中に微かな安堵が訪れた。もはや、誰もが彼女のように永遠に囚われることはない。時間は再び、人々にとって限られたものであり、だからこそ尊いものとなる。

リサは静かに研究室を後にし、夜の街に出た。空を見上げると、星々が彼女を見下ろしていた。永遠に輝くその光が、どこか遠い場所で彼女に語りかけているようだった。

「いつか、私も…」

彼女はその言葉を飲み込み、ただ歩き続けた。永遠に設計された体で、終わりを迎えるその日を待ちながら。